地面師(所有者になりすまして不動産を売る詐欺)を防ぐには、売主として現れた人が登記名義人本人であることを、本人確認書類の原本とICチップ、登記記録、面談での受け答え、代金の振込先という別々の手がかりで重ねて確かめることが基本です。宅建業者は、宅地・建物の売買契約の締結やその代理・媒介をするとき、犯罪収益移転防止法の取引時確認を行う義務があります。2027年4月1日からは、ICチップが入った本人確認書類について、ICチップ情報の読み取りが義務になります。この記事では、法令と法務局・国土交通省・警察庁の資料をもとに、売主の本人確認の手順を整理します。
地面師とは|所有者になりすます詐欺のしくみ
地面師は、土地や建物の所有者になりすまし、偽造した本人確認書類などを使って、買主から売買代金をだまし取る詐欺を指す言葉です。法律上の用語ではありませんが、不動産業界では広く使われています。
なりすましで登記がされた場合について、法務局は、登記名義人でない者が他人になりすまして不正な登記をしても、その登記は無効であり、その行為は犯罪になると説明しています(松山地方法務局「不動産登記に関するよくある質問」)。登記が無効であれば、代金を払った買主は所有権を取得できません。支払った代金を取り戻そうとしても、相手が姿を消していれば回収は難しくなります。被害は買主だけでなく、媒介した宅建業者の信用にも及びます。
なりすましは、本人確認書類の偽造だけでなく、登記の手続や取引の流れの弱いところを突いて行われます。対策を考えるには、まず登記で本人をどう確認しているかを知っておく必要があります。
登記の本人確認のしくみ|登記識別情報と権利証がないとき
登記識別情報
登記識別情報は、登記が完了したときに登記所から登記名義人に通知される12けたの英数字の組合せです(法務局「登記識別情報を紛失したのですが、どうしたらよいのですか?」)。2004年の不動産登記法の改正で、登記済証(いわゆる権利証)に代わる本人確認の手段として導入されました。売買による所有権移転登記のように、登記権利者と登記義務者が共同で申請する登記では、申請人は登記義務者(売主)の登記識別情報を提供しなければなりません(不動産登記法22条)。
法務省は、令和6年能登半島地震で権利証を紛失した方向けの案内で、権利証を紛失しただけでは登記記録上の権利関係が変わることはないと説明しています。登記には権利証のほかに、所有者の印鑑証明書などの本人確認資料も必要になるためです。
登記識別情報を提供できないときの3つの方法
登記識別情報を紛失したなど、正当な理由で提供できない場合でも、登記はできます。その方法は次の3つです。
| 方法 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 事前通知 | 登記官が登記義務者に申請があった旨を通知し、一定期間内に「申請の内容が真実である」との申出があって初めて登記をする。法務局の資料では、登記名義人の住所に本人限定受取郵便で通知し、2週間以内の申出で本人確認とするとしている | 不動産登記法23条1項 |
| 前住所への通知 | 所有権に関する登記で、登記義務者の住所変更の登記がされているときは、原則として登記記録上の前の住所にも申請があった旨を通知する | 同条2項 |
| 資格者代理人による本人確認情報 | 司法書士などの資格者代理人が申請人と面談して本人であることを確認した情報を提供し、登記官が相当と認めれば事前通知を省く | 同条4項1号、不動産登記規則72条 |
| 公証人の認証 | 申請情報などを記載した書面について、公証人から本人であることを確認する認証を受け、登記官が相当と認めれば事前通知を省く | 同条4項2号 |
不動産登記規則72条は、資格者代理人が提供する本人確認情報に、申請人と面談した日時・場所・状況を書くことを求めています。申請人と面識がない場合は、運転免許証、マイナンバーカード(個人番号カード)、旅券などの顔写真付きの書類を1つ以上、またはそれ以外の所定の書類を2つ以上などの組み合わせで提示を受け、その内容と本人と認めた理由を書きます。
この方法は、書類の提示と面談による確認です。提示された書類が精巧に偽造されていれば、確認する側が見抜けない場合もありえます。権利証や登記識別情報がない取引では、仲介する宅建業者や買主の側でも、別の角度から本人であることを確かめておくことが大切です。
登記官による本人確認と不正登記防止申出
登記官は、申請人となるべき者以外の者が申請していると疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、申請人や代理人に出頭を求めたり、質問したり、文書の提示を求めたりして、申請の権限を調べなければなりません(不動産登記法24条1項)。
所有者の側から使える制度として「不正登記防止申出」もあります。法務局の説明では、不正な登記がされる差し迫った危険がある場合に、申出から3か月以内に不正な登記がされることを防ぐための制度で、申出人本人が登記所に出頭するのが原則です。管理を任されている物件のオーナーから「書類を盗まれた」などの相談があったときは、この制度を案内できます。
宅建業者は犯罪収益移転防止法の特定事業者
犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)は、宅建業者を「特定事業者」としています(同法2条2項42号)。国土交通省の資料「犯罪収益移転防止法の概要について」(2026年4月)では、宅建業者の「特定取引」は、宅地・建物の売買契約の締結またはその代理・媒介とされています。賃貸の媒介は、ここには挙げられていません。
| 義務 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 取引時確認 | 個人は本人特定事項(氏名・住居・生年月日)、取引を行う目的、職業。法人は名称・本店等の所在地、取引目的、事業の内容、実質的支配者 | 4条1項 |
| 確認記録の作成・保存 | 取引時確認をしたら直ちに確認記録を作り、契約が終了した日などから7年間保存する | 6条 |
| 疑わしい取引の届出 | 収受した財産が犯罪による収益である疑いなどがあると認められる場合は、速やかに行政庁に届け出る。宅建業者の届出先は、免許を受けた国土交通大臣(地方整備局長等)または都道府県知事 | 8条1項 |
顧客が取引時確認に応じないときは、応じるまでの間、その特定取引にかかる義務の履行を拒むことができます(同法5条)。本人確認に応じない売主との取引を進めないことには、法律上の根拠があります。
取引時確認は、もともとマネー・ローンダリング対策のための制度です。ただ、売主の氏名・住居・生年月日を本人確認書類の原本で確かめ、その記録を残すという手順は、なりすまし対策の土台にもなります。売主側の媒介をするときはもちろん、買主側だけの媒介でも、売主が登記名義人本人かどうかは取引の前提として確かめておきます。
2027年4月1日から変わる本人確認の方法
2025年6月24日、犯罪収益移転防止法施行規則の一部を改正する命令が公布されました(令和7年内閣府ほか令第3号)。附則で、この命令は2027年(令和9年)4月1日から施行するとされています。
国土交通省の資料「不動産業におけるマネーロンダリング対策の徹底について【犯収法に基づく本人確認方法の変更等について】」(2026年6月)では、2027年4月1日から、ICチップ情報が格納されている本人確認書類について、券面の記載事項などの確認だけでなく、ICチップ情報が表示されるか、券面の記載事項と一致しているかなど、ICチップ情報の読み取りを行うことが義務付けられると説明しています。読み取りには、デジタル庁の「マイナンバーカード対面確認アプリ」をスマートフォンなどに入れて使う方法が紹介されています。
警察庁が公表している「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の改正による本人確認方法の見直しについて」のチラシでは、2027年4月1日以降、対面で本人確認を受けるときは運転免許証やマイナンバーカードなどを提示したうえでICチップ情報を読み取らせる必要があること、非対面ではICチップ情報を送る必要があり、原則として本人確認書類の画像や写しは使えなくなることが案内されています。
ICチップの読み取りは、券面を偽造した書類を見分ける手段にもなります。施行を待たずに、読み取りの機器やアプリを用意し、担当者が操作に慣れておくと、売主の本人確認にも役立ちます。改正の細かな要件は、国土交通省と警察庁の資料で確認してください。
売主の本人確認で確かめる項目
次の表は、法令上の義務と、なりすましを見つけるための確認を合わせた項目の例です。1つの手がかりだけで判断せず、複数の項目が食い違っていないかを見ます。
| 確認する項目 | 見ること | 注意したい点 |
|---|---|---|
| 本人確認書類 | 顔写真付きの書類の原本。2027年4月以降はICチップ情報を読み取り、券面と一致するか | 写しや画像だけで済ませない。有効期限も確認する |
| 登記記録 | 取引の直前に登記事項証明書を取り、所有者の氏名・住所が本人確認書類と一致するか | 住所変更の登記が最近されていないか。差押えや仮登記などの記録も見る |
| 登記識別情報・登記済証 | 売主が持っているか。紛失の場合はどの方法で登記するか | 紛失の場合は、司法書士とどの方法で本人確認をするかを早めに決める |
| 面談 | 売主本人と直接会い、物件を取得した経緯、建物の中の様子、近隣のことなどを聞く | 所有者なら知っているはずのことに答えられるか。代理人だけで進めようとしないか |
| 取引の目的 | なぜ売るのか、売却代金を何に使うのか | 取引時確認の確認事項でもある。説明が不自然でないか |
| 代金の振込先 | 売主本人名義の口座か | 第三者名義の口座への振込を求められたら理由を確かめる |
| 物件の現況 | 現地を見て、利用状況や占有者を確認する | 空き地・空き家は所有者の目が届きにくい |
| 司法書士との共有 | 決済の前に、確認した内容を登記を担当する司法書士と共有する | 気になる点は決済日より前に伝える |
注意したい事情の例
次のような事情があるからといって、直ちに詐欺だとはいえません。正当な理由がある取引も多くあります。ただ、いくつも重なる場合は、確認の手順を省かず、決済を急がないことが大切です。
- 相場より明らかに安い価格で、短い期間での決済を求められる。
- 売主本人との面談を避け、代理人や紹介者だけで話を進めようとする。
- 権利証や登記識別情報がなく、紛失の理由の説明があいまい。
- 登記記録上の住所が最近変更されている。
- 売買代金を売主本人以外の名義の口座に振り込むよう求められる。
- 物件のことを尋ねても、所有者なら知っているはずの事柄に答えられない。
- 間に入る業者や紹介者が多く、誰が売主側の窓口なのかが分かりにくい。
反社会的勢力の確認も、取引の前に済ませておく確認の一つです。進め方は「不動産の反社チェック」で整理しています。
社内の手順の例
担当者によって確認の深さがばらつかないよう、手順を書面にしておきます。次は手順の一例です。
- 受付:売却の相談を受けたら、物件の所在地と売主の氏名を聞き、登記事項証明書を取る(登記事項証明書は誰でも請求できます。不動産登記法119条1項)。
- 照合:登記記録の所有者と、相談に来た人の氏名・住所が一致するかを確かめる。住所変更の履歴や差押えなどの記録も見る。
- 面談:売主本人と会い、本人確認書類の原本を確認する。物件の取得の経緯や現況を聞き、取引の目的を確かめる。
- 記録:取引時確認の内容を確認記録にまとめる。確認した書類、確認の方法、日時を残し、7年間保存する。
- 共有:登記識別情報の有無と、紛失の場合の手続の方法を司法書士と確認する。気になる点は決済前に伝える。
- 決済前の再確認:決済の直前に登記事項証明書を取り直し、記録が変わっていないかを確かめる。代金の振込先が売主本人の口座であることを確認する。
手順の途中で疑いが残ったら、取引を進めず、責任者と相談します。売主が取引時確認に応じない場合は、応じるまで取引を進めないことができます(犯罪収益移転防止法5条)。犯罪による収益の疑いがあると認められる場合は、疑わしい取引の届出を検討し(同法8条)、なりすましが強く疑われるときは警察に相談します。
このテーマの全体像は「不動産のコンプライアンス実務ガイド2026|宅建業法・管理業法・個人情報・犯収法」にまとめています。
よくある質問
Q1. 賃貸の仲介でも、犯罪収益移転防止法の取引時確認が必要ですか。
国土交通省の資料では、宅建業者の特定取引は宅地・建物の売買契約の締結またはその代理・媒介とされており、賃貸の媒介は含まれていません。ただし、賃貸でもなりすましによる申込みはありうるため、本人確認は別に行います。
Q2. 権利証をなくした売主との取引は避けるべきですか。
権利証や登記識別情報を紛失していても、事前通知、資格者代理人による本人確認情報、公証人の認証のいずれかで登記はできます(不動産登記法23条)。紛失そのものは珍しくありません。紛失の経緯を聞き、ほかの確認項目と食い違いがないかを見ます。
Q3. 確認記録はいつまで保存しますか。
犯罪収益移転防止法6条2項により、特定取引にかかる契約が終了した日などから7年間保存します。
Q4. 2027年4月からは何を準備すればよいですか。
ICチップが入った本人確認書類のICチップ情報を読み取る機器やアプリを用意し、手順を社内で決めておきます。国土交通省の資料では、デジタル庁の「マイナンバーカード対面確認アプリ」が紹介されています。
Q5. 管理物件のオーナーが書類を盗まれたと相談してきました。何ができますか。
法務局の「不正登記防止申出」を案内できます。不正な登記がされる差し迫った危険がある場合に、申出から3か月以内の不正な登記を防ぐための制度で、本人が登記所に出頭するのが原則です。被害については警察にも相談してもらいます。
まとめ
地面師による被害を防ぐには、本人確認書類、登記記録、面談、代金の振込先という別々の手がかりを照らし合わせ、食い違いがないかを確かめることが基本です。宅建業者には売買の取引時確認と7年間の記録保存が義務付けられており、2027年4月1日からはICチップ情報の読み取りも義務になります。確認の手順を書面にして担当者全員が同じ手順で進められるようにし、疑いが残るときは決済を急がないことが、取引の安全につながります。
出典(本文で参照している資料)
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律(第2条、第4条、第5条、第6条、第8条)
- 不動産登記法(第22条、第23条、第24条、第119条)
- 不動産登記規則(第72条)
- 法務局「登記識別情報を紛失したのですが、どうしたらよいのですか?」
- 松山地方法務局「不動産登記に関するよくある質問」
- 法務省「令和6年能登半島地震により土地・建物の権利証(登記済証・登記識別情報通知書)を紛失した場合について」(2024年1月9日)
- 国土交通省「不動産業におけるマネー・ローンダリング対策(犯罪収益移転防止法)」
- 国土交通省「犯罪収益移転防止法の概要について」(2026年4月)
- 国土交通省「不動産業におけるマネーロンダリング対策の徹底について【犯収法に基づく本人確認方法の変更等について】」(2026年6月)
- 警察庁 JAFIC「犯罪収益移転防止法 同施行令 同施行規則など」
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令(令和7年内閣府ほか令第3号)
- 警察庁「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の改正による本人確認方法の見直しについて」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。