2026年度——令和8年度——税制改正大綱に、相続対策の現場を根本から揺らす一項目が盛り込まれました。相続開始前または贈与前の5年以内に取得・新築した貸付用不動産を、路線価などによる通常評価ではなく取得価額をもとに評価する、いわゆる「5年ルール」です。「相続対策として賃貸アパートを建てましょう」「区分マンションを買って評価を圧縮しましょう」という、多くの中小不動産会社が受託・売買・建築の入口にしてきた提案は、この見直しで前提から組み替えを迫られます。本記事は、ウルスタ代表として宅地建物取引業を営む立場から、5年ルールの中身と導入の背景、そして中小不動産の提案実務がどう変わるのかを、宅地建物取引士の目線で整理します。税額の個別判定は税理士の領域である一方、オーナーに最初に情報を届けるのは物件を預かる私たちだからです。
なぜいま「相続対策の賃貸不動産」が見直しを迫られるのか
相続税の計算では、現金1億円はそのまま1億円として課税対象になります。ところが同じ1億円で賃貸不動産を買うと、土地は路線価、建物は固定資産税評価額をもとに評価され、さらに人に貸していることによる評価減が重なって、相続税の計算上の価額は取得額を大きく下回るのが通例でした。この差を使って課税価格を圧縮するのが、いわゆる相続対策としての不動産購入・建築です。中小不動産会社の多くが、この評価圧縮を切り口にオーナー営業や建築受注、区分マンションの売買仲介を組み立ててきました。
2026年7月1日に国税庁が公表した2026年分の路線価は、全国平均で前年比2.9パーセントの上昇。5年連続の上昇で、現在の算出方法になってからの最大の伸びとなりました。地価が上がれば取得額と評価額の差はいっそう開き、評価圧縮の効果は理屈のうえで大きくなります。国はこの構図を放置せず、令和8年度税制改正大綱で貸付用不動産の評価方法そのものに手を入れました。地価上昇と規制強化が同時に進むこの局面こそ、提案を組み替えるべきタイミングです。
【要点】貸付用不動産の「5年ルール」を一枚で整理する
まず改正の骨格を押さえます。ポイントは対象・評価方法・適用時期の三つです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 被相続人等が相続開始前または贈与前の5年以内に、対価を伴う取引により取得または新築をした一定の貸付用不動産 |
| 評価方法 | 取得価額をもとに地価の変動等を考慮して計算した価額の100分の80——80パーセント——に相当する金額。課税上の弊害がない場合に限る |
| 適用時期 | 令和9年——2027年——1月1日以後に相続や贈与により取得する財産の評価に適用 |
| 経過措置 | 改正を通達に定める日までに、5年前から所有している土地に新築した家屋——建築中を含む——には適用しない |
| 趣旨 | 相続直前の駆け込み取得で評価を圧縮する、いわゆるタワマン節税・アパマン節税への対応 |
言い換えると、亡くなる直前の5年以内に買った賃貸不動産は、これまでのように路線価や固定資産税評価額で低く見積もるのではなく、実際に払った金額に近い水準——その80パーセント——で評価される、という仕組みです。5年を超えて持ち続けた不動産は従来どおりの評価に戻ります。なお現時点では大綱段階の見直しであり、最終的な要件や計算方法は今後の法令・通達で確定します。提案の場面では「決定事項」と「これから固まる細部」を分けて伝える誠実さが要ります。
なぜここまで踏み込んだのか——令和4年最高裁「タワマン節税裁判」
この改正は突然出てきたものではありません。伏線は2022年——令和4年4月19日の最高裁判決です。被相続人が銀行から借り入れた資金で8億3,700万円と5億5,000万円の賃貸不動産を取得し、相続税の課税価格を大幅に圧縮した事案で、国税当局は財産評価基本通達6項——いわゆる総則6項——を適用して路線価による評価を否認し、追徴課税を行いました。最高裁はこの課税処分を是認しました。
この裁判が示したのは、通達どおりの評価額と鑑定評価額とのあいだに著しい乖離があり、それを納税者が意図的に作り出したと見られる場合には、路線価評価が覆されうるという現実です。ただし総則6項は個別の否認手段であり、どこからが行き過ぎかの線引きは事案ごとの判断でした。国は個別否認という点の対応から、ルール化という面の対応へと舵を切りつつあります。5年ルールは、その到達点の一つと位置づけられます。
令和6年のマンション評価通達——点の是正から面の見直しへ
面の対応の第一歩が、居住用マンションの評価通達でした。国税庁は令和5年10月6日に「居住用の区分所有財産の評価について」を公表し、令和6年1月1日から、居住用マンション一室の相続税評価の方法を改めました。築年数・総階数・所在階・敷地権割合をもとに補正率を定め、評価額が市場価格からかけ離れて低くなりすぎないよう底上げする仕組みです。とくにタワーマンションの高層階のように、市場価格と従来評価額の差が大きかった物件ほど、補正の影響を受けます。
この通達は居住用の区分所有財産が対象でした。そして令和8年度改正の5年ルールは、貸付用不動産という、より広い層に射程を広げるものです。マンション評価通達で居住用マンションの入口を締め、5年ルールで賃貸物件全般の駆け込み取得を締める——二つを並べて見ると、相続直前の不動産購入による評価圧縮を国が段階的に封じてきた流れが浮かび上がります。オーナーへの説明では、この一連の流れを一枚で示せると説得力が増します。
「取得価額の80パーセント評価」が提案を変える三つの場面
5年ルールが実務に効くのは、大きく三つの場面です。第一に、高齢のオーナーへの相続直前の賃貸建築・区分購入の提案。これまでは相続が近いほど評価圧縮の効果を訴えやすかったのですが、5年以内の取得は取得価額ベースの評価になるため、直前の駆け込みでは狙った圧縮効果が得られにくくなります。第二に、金融機関と組んだ借入つきの一棟収益物件の販売。借入で買って評価を下げる図式は、5年ルールと総則6項の二重の網にかかりやすく、行き過ぎた提案は買主とオーナー双方のリスクになります。
第三に、相続が発生した家族からの売却相談です。被相続人が直近5年以内に買った賃貸物件を相続したケースでは、評価が想定より高く出て相続税の負担が重くなる可能性があり、納税資金の確保のために売却を検討する動きが生まれます。相続税の申告期限は相続開始を知った日の翌日から10か月以内で、売却の段取りには時間の制約もあります。5年ルールは、新たな売却相談の入口にもなりうるということです。締め付けの改正は、見方を変えれば仲介機会の再配置でもあります。私たちにできるのは、税負担の話を税理士へ丁寧につなぎながら、物件の売り時と価格の現実的な見立てを添えることです。
5年という時間軸——駆け込みは効かず、早めの着手が効く
5年ルールの核心は時間軸です。相続開始前5年以内の取得は取得価額ベース、5年を超えれば従来評価に戻る——つまり、評価圧縮を正面から狙うなら、相続のはるか手前、少なくとも5年より前に着手しておく必要があるということです。「体調が優れないから今のうちに」という直前の相談ほど、5年ルールの影響をまともに受けます。逆に、資産の組み替えを早い段階から計画的に進めているオーナーには、これまでどおりの評価の枠組みが残ります。
だからこそ提案の言葉は「今すぐ間に合わせる」から「早めに設計する」へと変わります。60代のうちに賃貸への組み替えを検討する、区分を複数年かけて取得する、といった長期の伴走こそが5年ルール後の価値です。急かして直前に契約させる営業は、税務上の効果が薄いばかりか、後日「効果があると言われたのに」という不信を生みます。中小不動産の強みである長期のオーナー関係は、この改正でむしろ活きます。
経過措置と、すでに持っている土地への新築の扱い
大綱には経過措置が置かれています。改正を通達に定める日までに、5年前から所有している自分の土地に新築した家屋——その日に建築中のものを含む——には、5年ルールを適用しないという内容です。つまり、以前から持っている土地に賃貸住宅を建てるという、地主の伝統的な土地活用については一定の配慮が示されています。もっとも、経過措置の具体的な期日や範囲は通達の公表待ちであり、確定情報ではありません。オーナーに「大丈夫です」と断言するのではなく、税理士と連携して最新の通達を確認する前提で案内してください。
ここで大切なのは、5年ルールが対象にしているのは主に対価を伴う取得——買った物件と、他人の土地を前提にした取得型のスキーム——である点です。昔から持っている土地に賃貸を建てる純粋な土地活用と、相続直前に借入で物件を買い足す評価圧縮とを、制度は区別しようとしています。この線引きを理解しておくと、地主系オーナーへの土地活用提案と、金融資産を不動産へ組み替える提案とで、伝えるべき注意点が違うことが見えてきます。
誤解しやすい点——評価減がすべて消えるわけではない
提案の現場で最も注意したい誤解が、「もう不動産では相続税は下がらない」という極端な受け止めです。これは正確ではありません。5年ルールが狙うのは相続直前5年以内の取得という限られた場面であり、5年を超えて保有する不動産の評価には及びません。また、人に貸している土地の貸家建付地としての評価減や、貸家の評価減、一定要件を満たす場合の小規模宅地等の特例といった、不動産に固有の評価上の仕組みそのものが廃止されるわけではありません。
したがってオーナーへの説明は、「不動産の相続対策が終わった」ではなく、「相続直前の駆け込み購入という近道が塞がれ、早めの計画的な取り組みの価値が上がった」が正しい要約になります。ここを取り違えると、必要以上に不安を煽る営業になったり、逆に改正を軽視して危うい提案を続けたりする両極に振れます。事実に即した中庸の説明が、結局は信頼につながります。個別の評価額や税額の試算は、必ず税理士に依頼する前提で話を進めてください。
中小不動産の提案はどう組み替えるか
提案の軸を、評価圧縮の一本足から、収益・承継・出口を含む総合設計へと組み替えます。第一に、収益性を正面に据える。5年ルールで直前取得の節税効果が薄まるぶん、その物件が生む家賃収入と長期の稼働見込みという、事業としての実力で選ばれる提案に戻ります。第二に、承継のしやすさを設計に入れる。誰がどう引き継ぐか、共有を避ける分け方、管理の手離れまで見通した物件選びが価値を持ちます。第三に、出口を最初から用意する。売りやすい立地・規模・種別を選んでおくことが、相続時の納税資金確保にも効きます。
売買仲介の観点では、相続直前の駆け込み需要が細る一方で、長期保有を前提にした優良物件のニーズは残ります。むしろ「5年より前に、収益と出口の両方が成り立つ物件を」という提案は、5年ルール後にこそ刺さります。建築受注型のビジネスも、更地への土地活用という経過措置が配慮する領域と、購入型の評価圧縮という締め付けが強まる領域を、はっきり分けて設計し直す必要があります。
宅建業者と税理士の連携設計——踏み込む線と引く線
この分野で自社を守る最大の要点は、役割分担の線引きです。宅地建物取引士が担うのは、制度が変わったという事実の一次情報をオーナーに届けること、物件の収益性・立地・出口といった不動産としての価値評価、そして売買や賃貸の実務です。一方で、個別の相続税額の試算、5年ルールが特定のオーナーにどう当てはまるかの判定、贈与と相続のどちらが有利かといった税務判断は、税理士の領域です。この線を越えて「これなら相続税がいくら下がります」と断言することは、税理士法上のリスクを伴ううえ、外れたときに全責任を負う危険な橋です。実務では、初回の面談で制度の全体像と物件の見立てを示し、具体的な数字が必要になった段階で顧問税理士や提携先の税理士へ引き継ぐ流れを、あらかじめ社内の型として決めておくと安全です。オーナーにとっても、不動産の専門家と税務の専門家がそれぞれの役割で関わるほうが、結果として納得感の高い意思決定になります。
ウルスタは、中小不動産会社の物件・顧客・対応履歴を一元管理できる業務クラウドを提供しています。相続対策の提案は、いつ・誰に・どの制度改正を・どう案内し、どの税理士へつないだかという記録の積み重ねが品質のすべてです。オーナーの家族構成や保有資産、次回のフォロー時期まで顧客台帳に整えておけば、5年ルールのような長い時間軸の提案でも、担当者が代わっても伴走が途切れません。詳しくは https://ulsta.jp をご覧ください。
提案・調査チェック七つ——相続がらみの案件で外さない
相続対策や相続発生後の案件を、流れに沿った七つのチェックに落とし込みます。第一に、オーナーの取得時期を確認する。直近5年以内の取得物件があれば、5年ルールの影響を税理士と精査します。第二に、更地への新築か、購入型の取得かを切り分ける。経過措置が配慮する領域かどうかで説明が変わります。第三に、収益性と出口を必ず一緒に示す。評価圧縮の効果だけを訴える資料は作らない。第四に、断定的な節税額を口頭でも書面でも言わず、税理士への依頼を前提にする。第五に、路線価や評価通達など前提となる制度の出典を添える。第六に、家族構成と承継の意向をヒアリングシートで拾う。第七に、案内した内容・日付・つないだ専門家を記録に残す。この記録が、後日の説明責任を果たす証拠になります。
現場メモ——「間に合ううちに建てましょう」と言えなくなった
改正の報に接して思い出したのは、数年前に高齢のオーナーから受けた相続対策の相談です。当時は「相続が近いなら、今のうちに賃貸を建てて評価を下げましょう」という提案が説明として通りました。しかし5年ルールが入ると、直前に急いで建てても取得価額に近い評価になり、狙った効果は得られにくくなります。「間に合ううちに」という殺し文句は、もう使えません。
この変化は、短期的には提案の手数を減らすかもしれません。ただ振り返ると、直前の駆け込みで建てた賃貸が、その後の空室や返済に苦しむ例も見てきました。5年ルールは、相続税だけを見て急いで建てるという発想そのものに待ったをかける改正でもあります。収益と出口をきちんと見て、早めに計画するオーナーに寄り添う——中小不動産の本来の仕事に立ち返る契機だと、私は受け止めています。制度の転換点は、腰を据えて説明できる会社が選ばれる時期でもあります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 5年ルールは、いつの相続から適用されますか。
大綱では、令和9年——2027年——1月1日以後に相続や贈与により取得する財産の評価に適用するとされています。ただし大綱段階の内容であり、最終的な要件や適用範囲は今後の法令・通達で確定します。オーナーには確定情報と検討中の細部を分けて伝えてください。
Q2. 5年より前に買った賃貸不動産はどうなりますか。
5年ルールが対象にするのは相続開始前または贈与前5年以内の取得です。5年を超えて保有している不動産は、従来どおりの評価の枠組みが基本となります。だからこそ、早めの計画的な取り組みの価値が上がったと言えます。
Q3. 昔から持っている土地に賃貸を建てる場合も対象ですか。
大綱には経過措置があり、改正を通達に定める日までに、5年前から所有している土地に新築した家屋には適用しないとされています。地主の伝統的な土地活用には一定の配慮がありますが、期日や範囲は通達待ちのため、税理士と最新情報を確認してください。
Q4. 宅建業者として、どこまで相続対策の説明をしてよいですか。
制度改正の事実の共有、物件の収益性や出口の評価、売買・賃貸の実務までが宅地建物取引士の領域です。個別の税額試算や有利不利の判定は税理士の業務であり、断定は避けて専門家へつなぐのが安全です。
Q5. 相続対策の不動産は、もう評価が下がらないのですか。
そうではありません。5年ルールは直前5年以内の取得という限られた場面が対象で、貸家建付地の評価減や小規模宅地等の特例といった仕組みが廃止されるわけではありません。「近道が塞がれた」であって「終わった」ではないと整理してください。
Q6. 相続で取得した築浅の賃貸物件を売りたいと相談されました。
被相続人が直近5年以内に取得した物件は評価が高く出て相続税が重くなる場合があり、納税資金の確保のための売却相談につながりやすいテーマです。相続税の申告期限との関係もあるため、税理士と歩調を合わせて売却スケジュールを組んでください。
Q7. 路線価の上昇は、相続対策にどう影響しますか。
2026年分の路線価は全国平均で前年比2.9パーセント上昇し、5年連続の上昇となりました。地価が上がると取得額と評価額の差が広がりやすく、評価圧縮の狙いも強まりますが、そこに5年ルールが被さります。路線価の動きは関連コラムでも解説しています。
まとめ:締め付けの改正は、伴走できる会社が選ばれる時期
令和8年度改正の5年ルールは、相続直前に賃貸不動産を取得して評価を圧縮するという近道を塞ぐ一方で、5年を超える長期保有や、収益と出口を見据えた計画的な取り組みの価値を高めます。「間に合わせる」提案から「早めに設計する」提案へ——この転換を先取りできるかどうかが、相続がらみの相談で選ばれる会社の分かれ目です。不動産の評価減の仕組みそのものが消えるわけではありません。事実に即して中庸に説明し、個別の税額判断は税理士へつなぐ。この基本を守りながら、路線価や評価通達を含む一連の流れを一枚で示せれば、それだけで他社との違いが伝わります。まずはオーナー台帳に「主な不動産の取得時期」の一行を加え、直近5年以内の取得がある顧客から声をかけるところから始めてみてください。
参考: 令和8年度税制改正大綱——貸付用不動産の評価方法の見直しに関する各税理士法人の解説 / 最高裁判所令和4年4月19日判決——財産評価基本通達6項の適用に関する報道および専門家解説 / 国税庁「居住用の区分所有財産の評価について」——令和5年10月6日公表・令和6年1月1日適用 / 国税庁・令和8年分路線価——2026年7月1日公表、全国平均前年比2.9パーセント上昇に関する報道 / 日本経済新聞ほかの報道 / いずれも2026年7月時点の公開情報および自社の不動産実務をもとに整理


