最低賃金が上がって困るのは、時給で人を雇う会社だけではありません。原状回復も、清掃も、巡回点検も外注している賃貸管理会社は、自社の給与明細より先に、外注業者の請求書で値上げを受け取ります。2025年度の最低賃金は、全国加重平均で1,121円になりました。前年から66円、率にして6.3%の引き上げで、これは最低賃金制度が始まって以来、最大の上げ幅です。そして令和8年度、すなわち2026年度の目安は、2026年7月下旬に示される見通しです。本記事は、ウルスタ代表として中小の賃貸管理会社の現場に関わる立場から、最低賃金の上昇が管理の利益をどこで削るのか、そしてオーナー折衝と原価の見直しで何ができるのかを、実務に落として整理します。
今週、令和8年度の最低賃金の「目安」が決まる
毎年夏になると、その年の最低賃金をいくら上げるかという議論が大詰めを迎えます。厚生労働省の中央最低賃金審議会が引き上げ額の目安を示し、それを受けて各都道府県の審議会が地域別の金額を決め、多くは10月に発効します。令和8年度、すなわち2026年度の目安は、7月下旬に示される見通しです。本記事を書いている2026年7月中旬の時点では、金額はまだ答申前です。
それでも、方向性ははっきりしています。7月に入って開かれた小委員会では、労使の双方が引き上げは必要だという点で一致しました。労働側は前年度と同等以上の引き上げを求めており、発効の時期も、後ろ倒しにせず10月を中心に早期にと主張しています。据え置きや小幅にとどまる可能性は、現時点では高くありません。つまり、金額の発表を待つ必要はなく、上がることを前提に、いま備え始めるのが正解です。
数字を一つだけ押さえておきます。2025年度の最低賃金は、全国加重平均で1,121円でした。前年から66円の引き上げで、率にして6.3%。これは最低賃金制度が始まって以来、最大の上げ幅です。すでに全都道府県で時給1,000円を超えました。政府は、全国平均を1,500円にするという長期目標を掲げています。時期は2030年代前半へと見直されましたが、方向は変わっていません。令和8年度も同じ流れが続けば、時給ベースの人件費は、この数年で驚くほど重くなります。
【要点】最低賃金をめぐる現在地
細部に入る前に、全体像を一枚で押さえます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 2025年度の全国加重平均 | 1,121円。前年から66円・6.3%の引き上げ |
| 2025年度の特徴 | 制度開始以来、最大の引き上げ幅。全都道府県で1,000円超 |
| 令和8年度の目安 | 7月下旬に答申される見通し。本記事執筆時点では答申前 |
| 議論の方向 | 労使とも引き上げに前向き。発効は10月を中心に早期化の主張 |
| 政府の長期目標 | 全国平均1,500円。時期は2030年代前半へ見直し |
| 賃貸管理への波及 | 自社の直接人件費に加え、外注費(原状回復・清掃・巡回など)の単価上昇 |
ここで見落としてはならないのが、最後の行です。最低賃金の上昇は、パートやアルバイトを雇う会社の給与の問題だと思われがちです。しかし賃貸管理会社にとって、より大きいのは外注費の上昇です。原状回復も、清掃も、植栽の手入れも、多くは人手に頼る仕事で、その担い手の賃金は最低賃金に連動します。自社の給与を1円も上げなくても、外注の請求書は上がります。
なぜ最低賃金が「賃貸管理の利益」を直撃するのか
最低賃金の引き上げは、あらゆる業種に及びます。しかし、痛みの濃さは業種で大きく違います。賃貸管理は、痛みが濃い側の代表です。理由は3つあります。
1つ目。売上の天井が、契約で決まっている。賃貸管理の主な収入は、管理料です。多くは家賃の数%で、管理委託契約で固定されています。物価が上がっても、コストが上がっても、管理料は自動では上がりません。上げるには、オーナー一人ひとりと交渉して、契約を結び直す必要があります。売上の天井が硬いのに、原価だけが上がる。これが、賃貸管理が受ける痛みの本質です。
2つ目。原価の多くが、人の手間である。賃貸管理は装置産業ではありません。入居者対応も、内見も、退去立会いも、原状回復の手配も、突き詰めれば人が動く仕事です。自社の従業員であれ、外注先であれ、その人件費が上がれば、原価はまっすぐ上がります。原材料のように、仕入れ先を変えて逃げる余地は多くありません。
3つ目。薄い利益率で、戸数を積んで成り立っている。1戸あたりの管理料は小さく、多くの戸数を積み上げて事業として成立させるのが管理業です。1戸あたりの利益がもともと薄いため、原価がわずかに上がるだけでも、利益率への打撃は大きく出ます。塵も積もればという言葉は、良い意味でも悪い意味でも、この商売によく当てはまります。
管理会社の原価を、人件費と外注費に分解する
対策は、原価を分解するところから始まります。賃貸管理の原価は、大きく自社で抱える人件費と、外部に払う外注費に分かれ、そのどちらもが最低賃金に連動します。
| 区分 | 主な費目 | 最低賃金との関係 |
|---|---|---|
| 直接人件費 | 受付・事務・入居者対応・巡回のパート、電話受付の時給スタッフ | 時給が最低賃金を下回れないため、改定のたびに直接上がる |
| 外注費(現場作業) | 原状回復、ハウスクリーニング、共用部清掃、植栽・除草、鍵交換 | 担い手の賃金が最低賃金に連動し、単価改定として跳ね返る |
| 外注費(周辺) | 夜間の緊急対応の受託、入居者向けの電話受付代行、警備 | 人を配置するサービスは、最低賃金の影響を受けやすい |
| 間接費 | 共用部の電気・水道、通信、システム | 直接は連動しないが、光熱費など別の要因で上昇しやすい |
ポイントは、直接人件費だけを見ていては、影響の半分を見落とすということです。多くの管理会社は、原状回復や清掃を外注しています。その外注先も、最低賃金の改定に合わせて自社スタッフの時給を上げ、結果として管理会社への請求単価を上げます。自社の給与テーブルには表れない値上げが、外注の請求書を通じて静かに進む。ここを可視化できるかどうかが、最初の分かれ目です。
見落としがちな「外注単価」への波及
もう少し、外注費に踏み込みます。賃貸管理でもっとも外注比率が高いのは、退去のたびに発生する原状回復と、その前後のハウスクリーニングです。どちらも人が現場に入って手を動かす仕事で、賃金の下支えが上がれば、単価も上がります。
たとえば、ワンルームの標準的なクリーニングの単価が、数年前より数千円上がっているという実感を持つ管理会社は少なくありません。1件あたりの上げ幅は小さく見えても、年間の退去件数を掛ければ、無視できない金額になります。原状回復も同じで、クロスの張り替えや床の補修に関わる職人の手間賃は、上昇の方向にあります。設備の交換では、材料費の高騰も重なります。
ここで大切なのは、値上げを一方的に押し返そうとしないことです。外注先も、最低賃金の改定という同じ荷物を背負っています。無理に単価を抑え込めば、質の高い業者から順に離れ、繁忙期に手配が付かなくなります。むしろ、単価の上昇は避けられない前提に置いたうえで、発注の仕方で総額を管理するという発想が要ります。退去の平準化、作業範囲の標準化、複数物件のまとめ発注。単価そのものではなく、頼み方で効率を上げる余地は、まだ多く残っています。
管理料は据え置き、原価は上昇という板挟み
ここまでを一枚の絵にすると、こうなります。収入である管理料は契約で固定され、簡単には動かない。一方で、原価である人件費と外注費は、最低賃金の改定のたびに、確実に上がっていく。上が固定で、下が上がる。挟まれているのは、管理会社の利益です。
この板挟みを放置すると、何が起きるか。1戸あたりの利益が薄くなり、やがて赤字の物件が混じり始めます。手のかかる入居者や、古くて修繕の多い物件ほど、原価が管理料を食いつぶします。気づいたときには、忙しく働いているのに利益が残らない、という状態に陥ります。管理戸数を増やしても、増えたのは赤字の戸数だった、という笑えない話も現実に起きます。
だからこそ、最低賃金の上昇局面では、原価を下げる努力と、収入を上げる交渉の、両輪を回す必要があります。片方だけでは足りません。原価を1円下げる努力と、管理料を1円上げる交渉は、利益にとって同じ価値を持ちます。次の章から、その両輪を順に見ていきます。
オーナーへの値上げを、どう切り出すか
収入側の対策は、管理料の見直しです。長年据え置いてきた管理料を上げるのは、気の重い交渉です。しかし、原価が上がっている事実は動きません。避けるほど、利益は削られます。切り出し方には、型があります。
| 場面 | 伝え方の型 |
|---|---|
| 値上げの理由 | 人件費と外注費の上昇という、外部の事実を根拠にする。値上げをこちらの都合ではなく、市場の変化として説明する |
| 切り出す時機 | 契約の更新時や、大きな修繕・原状回復の相談と同じ場で持ち出す。何もない時に単独で切り出さない |
| 見せ方 | 管理料の率だけでなく、提供している業務の一覧を添える。何にいくらかかっているかを開示し、割安さを示す |
| 代替案 | 一律の値上げが難しい相手には、原状回復や清掃の実費精算の明確化、業務範囲の調整といった選択肢を用意する |
| 長期の関係 | 短期の増収ではなく、管理を続けられる体制を守るための見直しだと位置づける。撤退より継続が、オーナーの利益にもなる |
交渉の場で効くのは、感情論ではなく、事実の開示です。最低賃金がこれだけ上がり、外注の単価がこれだけ上がったという数字を、オーナーにも見える形で示す。多くのオーナーは、管理会社の原価構造を知りません。開示されて初めて、管理料の割安さに気づきます。値上げのお願いではなく、原価の共有から入るのが、通りやすい交渉の入口です。修繕費や原状回復費の説明と同じ考え方で、根拠を先に、金額を後に置いてください。
パートの「年収の壁」と、10月の就業調整
最低賃金の改定には、もう一つ、現場を揺らす副作用があります。パート従業員の就業調整です。多くのパートは、社会保険の扶養にとどまるため、年収を一定の範囲に収めて働いています。いわゆる年収の壁です。時給が上がると、同じシフトのままでも年収が壁を超えやすくなり、勤務時間を削って調整する人が出てきます。
これが起きやすいのが、まさに10月です。最低賃金の改定は多くの地域で10月に発効します。年の後半で時給が上がると、それまでのペースで働き続けた場合、年末にかけて壁を超えてしまう。だから秋口に、シフトを絞るパートが増える。受付や事務を少人数のパートで回している管理会社ほど、この時期に人手が薄くなり、対応が遅れるリスクを抱えます。
対策は、改定の前に手を打つことです。時給が上がった後の年収の見込みを、従業員と一緒に確認する。壁を意識する人には、早めにシフトを組み替える。逆に、壁を越えて働く意思のある人には、その選択肢と手取りの変化を、正しい情報として示す。10月に慌てないために、夏のうちに一人ひとりと話しておく。これは、法律の義務というより、現場を止めないための段取りです。
使える支援策——助成金と賃上げ促進税制
最低賃金の上昇は、負担であると同時に、国の支援策を使う入口でもあります。代表的なものを挙げます。制度の詳細な要件や上限額は年度で変わるため、活用の際は必ず最新の情報を確認してください。
| 制度 | ねらい | 賃貸管理での使いどころ |
|---|---|---|
| 業務改善助成金 | 最低賃金の引き上げと、生産性を高める設備投資を、セットで支援する | 賃金の底上げに合わせて、業務システムや機器を導入し、投資の一部の助成を受ける |
| キャリアアップ助成金 | 非正規雇用の待遇改善を支援する。賃金規定の改定などが対象 | パート・契約社員の賃金や区分を見直す際に活用する |
| 賃上げ促進税制 | 従業員の給与を一定以上増やした中小企業の、税負担を軽くする | 賃上げを行った年度に、増加分の一定割合を税額から控除する |
特に相性が良いのが、業務改善助成金です。この制度は、最低賃金の引き上げと、生産性向上のための設備投資を組み合わせることを前提にしています。つまり、どうせ上げなければならない賃金を、業務の効率化と一緒に進めれば、投資の一部が戻ってくる設計になっています。賃上げを、単なるコスト増で終わらせず、生産性を高める機会に変える。この発想の転換が、支援策を活かす鍵です。手続きには要件があり、事前の計画申請が必要なものもあるため、社会保険労務士など専門家と組んで進めるのが現実的です。
原価を吸収する——1人あたり管理戸数を増やす
支援策を使ってもなお、最低賃金の上昇分をすべて相殺できるわけではありません。最後に効くのは、生産性そのものを上げることです。賃貸管理の生産性は、乱暴に言えば1人あたり何戸を回せるかに表れます。同じ人数でより多くの戸数を管理できれば、1戸あたりの人件費は下がり、最低賃金の上昇を吸収できます。
ここで問われるのが、業務の進め方です。入居者からの問い合わせ、オーナーへの報告、退去や修繕の履歴。これらが担当者個人の頭やメール、紙のメモに散らばっていると、引き継ぎのたびに時間が溶け、確認のたびに人が動きます。逆に、物件と入居者にひも付いた一つの台帳の上に情報が集まっていれば、探す時間が減り、同じ人数でより多くの戸数を持てます。人を増やさずに管理戸数を伸ばすことが、人件費の上昇時代の、もっとも確実な防御です。
もちろん、システムを入れれば自動で解決する、という単純な話ではありません。どの業務を、誰が、どの順で行うかを整理し、その流れに合った道具を選ぶ。順序は、業務の標準化が先で、道具は後です。それでも、標準化した業務を支える台帳があるとないとでは、1人が回せる戸数は大きく変わります。原価を下げる努力の中で、投資対効果がもっとも読みやすいのが、この領域です。
答申から10月の発効までにやること
目安の答申から、地域別の金額の決定、そして10月の発効まで、残された時間は数か月です。やることを、時系列で整理します。
| 時期 | やること | 成果物 |
|---|---|---|
| 7月下旬 | 目安の答申を確認し、自社の地域の引き上げ幅を見込む | 影響額の試算メモ |
| 8月 | 直近1年の原状回復・清掃の外注単価を洗い出し、上昇分を把握する | 外注単価の推移表 |
| 8月から9月 | パートの時給と年収の見込みを確認し、就業調整を前もって相談する | シフトと年収の見込み表 |
| 9月 | 管理料の見直しが必要なオーナーを洗い出し、説明の材料を用意する | 値上げ交渉の対象リスト |
| 9月から10月 | 助成金や税制の活用可否を専門家と確認し、設備投資と賃上げを組む | 支援策の活用計画 |
| 10月 | 改定後の時給で運用開始。外注の新単価と管理料の見直しを反映する | 更新後の収支の確認 |
この順番で動けば、10月の発効に慌てずに済みます。もっとも効くのは、8月の外注単価の洗い出しです。自社の原価がどこで、いくら上がっているかを数字で掴めば、オーナー交渉の根拠にも、助成金活用の計画にもつながります。最低賃金の話を、他人事の制度改正で終わらせず、自社の収支の話に翻訳する。その最初の一歩が、請求書の単価を並べることです。
よくある質問
Q1. 令和8年度の最低賃金は、いくらになりますか。
本記事の執筆時点では、目安は答申前です。7月下旬に目安が示され、その後に各都道府県の金額が決まります。ただし、労使とも引き上げに前向きで、上昇はほぼ確実な情勢です。金額の発表を待たず、上がる前提で備えるのが得策です。
Q2. 自社にパートがいなければ、影響はありませんか。
直接雇用がなくても、影響は残ります。原状回復や清掃を外注していれば、その単価が最低賃金に連動して上がるためです。むしろ外注比率の高い会社ほど、請求書を通じた値上げに注意が必要です。
Q3. 管理料の値上げは、オーナーに断られませんか。
断られることもあります。だからこそ、原価の上昇という外部の事実を根拠に、業務内容を開示しながら説明することが大切です。撤退より継続がオーナーの利益になるという長期の視点で、根拠を先に示してください。
Q4. 賃上げは、コストが増えるだけではないのですか。
負担であることは事実です。ただし、業務改善助成金のように、賃上げと設備投資を組み合わせて支援を受けられる制度があります。賃上げを生産性向上の機会に変えれば、単なるコスト増では終わりません。
Q5. 助成金や税制は、どこに相談すればよいですか。
助成金は労働局やその窓口、社会保険労務士が詳しく、税制は税理士が専門です。要件や上限額は年度で変わり、事前の申請が必要なものもあるため、早めに専門家へ相談してください。
まとめ
最低賃金の上昇は、時給で人を雇う会社だけの問題ではありません。原状回復も清掃も外注する賃貸管理会社は、自社の給与より先に、外注の請求書で値上げを受け取ります。2025年度は過去最大の66円の引き上げで、全国平均は1,121円になりました。令和8年度の目安も7月下旬に示される見通しで、さらなる上昇が濃厚です。
収入である管理料は契約で固定され、原価である人件費と外注費は改定のたびに上がる。この板挟みに挟まれるのは、管理会社の利益です。だからこそ、原価を下げる努力と、管理料を上げる交渉の、両輪を回す。外注単価を可視化し、オーナーには原価を開示して交渉し、助成金と税制を使い、業務を効率化して1人あたりの管理戸数を増やす。どれも、金額の発表を待たずに、いまから着手できることです。
今週やることは1つです。直近1年の原状回復と清掃の外注請求書を並べ、単価の推移を確かめる。自社の原価がどこで上がっているかが分かれば、あとは交渉と効率化に落とすだけです。最低賃金の話は、他人事の制度ではなく、自社の収支の話です。
- 厚生労働省 中央最低賃金審議会(目安に関する小委員会)の審議状況。令和8年度の目安は2026年7月下旬に答申される見通し
- 令和7年度 地域別最低賃金の改定状況。全国加重平均1,121円、前年から66円・6.3%の引き上げ、全都道府県で1,000円超
- 厚生労働省 業務改善助成金。最低賃金の引き上げと設備投資をあわせて支援する制度
- 厚生労働省 キャリアアップ助成金。非正規雇用の待遇改善を支援する制度
- 中小企業向け賃上げ促進税制。給与等の支給額を増やした場合の税額控除。要件・控除率は各年度の制度による
- いずれも2026年7月時点の公開情報および自社の賃貸管理実務をもとに整理


