満期の更新案内を見たオーナーから、火災保険がこんなに上がるのはおかしいのではないか、と問い合わせが来る。この夏、私のまわりで確実に増えている相談です。ところが、その値上がりは保険会社が一方的に高くしたという単純な話ではありません。契約期間の上限が短くなったこと、保険料の基礎になる数値が何度も引き上げられたこと、水害のリスクが地域ごとに細かく見られるようになったこと、そして単純に建物が十年ぶん古くなったこと。少なくとも四つの要因が、満期という一点に集まって顔を出しているだけです。要因を分けずに高くなりましたとだけ伝えると、オーナーは管理会社の努力不足を疑います。逆に、どの要因がいくら効いているのかを順に説明できれば、同じ金額でも受け止め方はまるで変わります。本記事では、ウルスタ代表として中小の不動産会社の実務に関わる立場から、いま賃貸の火災保険で何が起きているのか、オーナーと入居者それぞれの保険をどう設計し直し、どう説明するのかを整理します。
なぜいま、賃貸の火災保険で更新ショックが起きているのか
まず、いま起きていることの時間軸を押さえます。火災保険はかつて、最長で十年の長期契約を結ぶことができました。長期でまとめて払えば割引が効くため、賃貸物件のオーナーも新築や購入のタイミングで十年契約を選ぶことが多かったはずです。ところが2022年10月から、火災保険の契約期間の上限は十年から五年へと短縮されました。同じ時期に、保険料の基礎となる数値も全国平均で引き上げられ、水濡れや破損といった事故の自己負担額の下限も見直されています。
この変更が意味するところは、時間が経ってから効いてきます。というのも、上限が短くなっても、すでに結ばれていた十年契約はそのまま満期まで続くからです。2016年前後に十年契約を結んだ物件は、ちょうどいま、2026年に満期を迎えます。その更新の場面で、十年ぶんの変化が一度に顔を出す。これが更新ショックの正体です。長期割引の効いた十年契約から、最長でも五年しか選べない契約へ。しかも建物は十年ぶん古くなり、その間に保険料の基礎数値は複数回引き上げられている。上がらないほうが不自然、という状況です。
加えて、近年の自然災害の激甚化を受けて、保険会社の側も引受の姿勢を慎重にしています。築年数の古い物件や、水害のリスクが高いとされる地域の物件では、条件が付いたり、希望する補償を付けられなかったりする例が出てきています。夏は台風と豪雨の季節でもあり、いままさに補償の中身を確認しておきたい時期です。賃貸に関わる者として、値上がりを嘆く前に、なぜ上がるのかを説明できる状態にしておくこと。それが、この局面での最低限の備えだと考えています。
【要点】満期更新で効いてくる四つの値上がり要因
細かい話に入る前に、更新の見積りを押し上げている要因を一枚にまとめます。オーナーへの説明でも、この四つに分けて順に話すのが最も伝わります。
| 要因 | 更新の場面で何が起きるか |
|---|---|
| 契約期間の上限が短くなった | 2022年10月以降、火災保険の契約期間は最長五年。十年契約に効いていた長期の割引が、五年ぶんの割引までしか使えなくなる |
| 保険料の基礎数値が繰り返し引き上げられた | 損害保険料率算出機構が算出する参考純率が、近年何度も引き上げられている。2023年6月に届け出られた改定は、住宅総合保険で全国平均13.0パーセントの引上げ |
| 水災の料率が地域ごとに分かれた | 従来は全国一律だった水災の料率が、建物のある市区町村ごとに一等地から五等地までの五区分に細分化された |
| 建物が古くなった | 前回の契約から十年が経過し、築年数の区分が変わる。同じ補償でも保険料の前提が変わる |
| 自己負担額の下限が上がった | 水濡れや破損汚損といった事故について、自己負担額を低く設定する選択肢が狭まった。保険料だけでなく、事故時の実質的な手取りにも関わる |
参考純率とは何か——保険料が上がる仕組みを言葉にする
オーナーに説明するとき、いちばん詰まるのが参考純率という言葉です。専門用語をそのまま使うと伝わらないので、私はこう言い換えています。全国の保険会社が持ち寄った事故のデータをもとに、保険金の支払いにいくら必要かを中立の機関が計算した目安の数値。それが参考純率です。計算しているのは損害保険料率算出機構という組織で、各社はこの目安を参考にしながら、自社の経費などを加えて実際の保険料を決めます。
つまり、保険料が上がる背景には、支払われる保険金が増えているという事実があります。台風、豪雨、雹といった自然災害の被害額が大きくなり、支払いが膨らんだぶん、必要な数値が引き上げられる。この構図を伝えると、保険会社が儲けるために値上げしているのではない、という点が腑に落ちます。2023年6月に届け出られた改定では、住宅総合保険の参考純率が全国平均で13.0パーセント引き上げられました。全国平均という言葉が示すとおり、実際の上げ幅は建物の構造や所在地、築年数によって大きく異なります。平均より小さいこともあれば、大きいこともある。この点も先に伝えておかないと、13.0という数字だけが一人歩きします。
もう一点、参考純率の改定はそのまま保険料になるわけではありません。各社が商品に反映するまでには時間差があり、反映の仕方も会社ごとに違います。したがって、同じ物件でも会社によって見積りが違うのは自然なことです。ここを説明しておくと、後で相見積りを取るときの話が進めやすくなります。
水災料率の五区分——同じ建物でも所在地で差がつく
2023年の改定で、実務に効く変更がもう一つ入りました。水災の料率の細分化です。それまで水災の料率は全国どこでも同じでしたが、改定後は建物のある市区町村ごとに、一等地から五等地までの五つの区分に分けられました。区分は、洪水のハザードマップや過去の水害の統計、地形のデータなどをもとに定められます。水害のリスクが低いとされる地域は相対的に安く、高いとされる地域は高くなる、という考え方です。
この細分化は、賃貸の実務にいくつかの含みを持ちます。第一に、同じオーナーが複数のエリアに物件を持っている場合、物件ごとに更新の上がり方が違うということです。片方はほとんど変わらないのに、もう片方は目に見えて上がる。理由を説明できないと、管理会社が手を抜いたと思われかねません。第二に、水災の補償を外すという選択肢が現実味を帯びてきます。ただしこれは慎重に扱うべき論点で、後述します。第三に、区分は市区町村の単位なので、道路一本を挟んだ隣の市とは区分が違う、ということが起こり得ます。近隣の物件と比べて高い理由を尋ねられたときに、この点を知っているかどうかで説明の説得力が変わります。
オーナー側の保険と入居者側の保険を分けて考える
賃貸物件をめぐる保険は、大きく二つの層に分かれます。ここを混ぜて話すと、必ず現場が混乱します。
| 区分 | 誰が入るか | 何を守るか |
|---|---|---|
| 建物の火災保険 | オーナー | 建物そのものの損害。火災、落雷、風災、水災など。満期更新で今回の値上がりが直撃するのはこちら |
| 施設賠償責任の補償 | オーナー | 建物の設備の不備で他人にけがをさせた、物を壊したといった場合の賠償。外壁の落下や共用部の事故などが典型 |
| 家財の補償 | 入居者 | 入居者自身の家具や家電の損害 |
| 借家人賠償責任の補償 | 入居者 | 入居者の過失で部屋を焼いた、水漏れさせたといった場合の、オーナーに対する賠償。原状回復の実務で決定的に効く |
| 個人賠償責任の補償 | 入居者 | 階下への水漏れなど、第三者に対する賠償 |
管理会社として押さえるべきは、この二層は連動していないということです。オーナーの建物保険がいくら手厚くても、入居者が借家人賠償の補償に入っていなければ、入居者の過失による損害の回収は難航します。逆に入居者側が万全でも、建物の水災補償を外していれば、床上浸水の被害はオーナーが自分でかぶることになります。更新の相談を受けたときは、必ず両方の状態をセットで確認するようにしています。
更新見積りが上がったときに検討できる打ち手
では、上がった見積りを前にして何ができるのか。実務で現実的に検討できるのは、次のような選択肢です。いずれも一長一短があり、どれが最適かは物件によって変わります。
| 打ち手 | 効果 | 注意点 |
|---|---|---|
| 複数社から見積りを取る | 各社で反映の仕方が違うため、条件が同じでも差が出ることがある | 補償の中身をそろえずに金額だけ比べると意味がない。免責の額と補償の範囲を必ず並べて比較する |
| 五年の長期契約でまとめる | 上限いっぱいの長期契約にすることで、単年の更新より割安になる場合がある | 一括で払う原資が必要。途中で売却する予定があるなら精算の扱いを確認する |
| 自己負担額を上げる | 小さな事故を自分で見ることにして、保険料を抑える | 実際に事故が起きたときの持ち出しが増える。修繕積立の状況とセットで判断する |
| 補償の範囲を見直す | 物件の実情に合わない補償を整理する | 後述のとおり、水災を外す判断は慎重に。安易に外すと致命的になり得る |
| 建物評価額を再確認する | 実態と合わない保険金額のまま更新していないかを点検する | 下げすぎると事故時に十分な保険金が出ない。上げ下げの判断は専門家の意見を仰ぐ |
入居者の保険の失効という、もう一つのリスク
建物の保険料に目を奪われがちですが、賃貸管理の現場でより頻繁に問題になるのは、実は入居者側です。入居時に加入した家財と借家人賠償の保険が、更新のタイミングで切れたまま気づかれない。これが起きます。原因はいくつかあります。入居者が更新の案内を見落とす。口座やカードの変更で引き落としが止まる。賃貸借契約の更新と保険の更新の時期がずれていて、確認の機会がない。あるいは、そもそも管理会社の側で更新状況を追いかける仕組みがない。
失効に気づくのは、たいてい事故が起きた後です。入居者の過失による水漏れで階下に被害が出た、という段になって、保険が切れていたことが分かる。こうなると回収は極めて難しくなり、最終的にオーナーの負担か、当事者どうしの争いに発展します。対策は、地味ですが確認の機会を制度として持つことに尽きます。賃貸借契約の更新事務のなかに、保険証券の写しの提出を必ず一項目として組み込む。保険の満期日を管理台帳に持ち、期限が近づいたら通知する。この二つを回しているかどうかで、事故が起きたときの結末が変わります。更新事務の抜けをなくす考え方は、別の記事で詳しく扱っています。
築古物件で引受が厳しくなったときの手当て
近年、築年数の経った物件で、希望する条件での引受が難しくなる例が出てきています。保険会社の側が自然災害による支払いの増加を受けて、リスクの評価を慎重にしているためです。断られるとまでは言わなくとも、補償の範囲に条件が付いたり、自己負担額を高く設定するよう求められたり、保険料が想定を大きく超えたりする。こうした場面で管理会社ができることは、限られてはいますが、ゼロではありません。
- 建物の維持管理の記録を整えておく。屋上防水の改修、外壁の補修、給排水管の更新といった履歴が示せると、建物の状態についての説明材料になります。日常の点検記録も同様です。
- 早めに動く。満期の直前に相見積りを取ろうとしても、時間が足りません。満期の三か月前には動き出すつもりで逆算します。
- 代理店に物件の実情を伝える。築年数だけで判断されないよう、改修の状況やハザードマップ上の位置づけを具体的に共有します。
- 補償を落とすなら、優先順位を決めてから。建物の再建に直結する補償と、あれば助かる程度の補償を並べ、オーナーと一緒に順序を付けます。感覚で外すのがいちばん危険です。
オーナーへの説明の型——分解して、順に見せる
ここまでの内容を、実際のオーナー説明にどう落とすか。私が使っている順序は次のとおりです。金額を最後に置くのが要点です。
- 前提が変わったことから話す。十年前に結んだ契約と今の契約では、選べる期間の上限も、料率の考え方も違うと伝えます。
- 要因を分けて並べる。契約期間の短縮、参考純率の引上げ、水災料率の区分、築年数の進行。四つを口頭ではなく紙かデータで見せます。
- 自社の物件に固有の事情を示す。この物件は水災の区分がこうだから、この部分が効いています、と個別の話に落とします。
- 選択肢を提示する。相見積り、期間、自己負担額、補償の範囲。それぞれの利点と代償をセットで示します。
- 決めるのはオーナーであると明確にする。管理会社は材料を揃え、判断は所有者が行う。この線引きを言葉にしておきます。
- 決めた内容を記録に残す。特に補償を外す判断は、経緯と理由を書面で残します。
場面別の対応と、つまずきやすい落とし穴
| 場面 | 対応の型 |
|---|---|
| 十年契約が満期を迎える一棟物件 | 三か月前に着手。現契約の補償内容を書き出し、同条件で複数社の見積りを取る。上がった要因を四つに分解した資料を用意してから、オーナーに提示する |
| 水災リスクの高い区分にある物件 | ハザードマップと過去の浸水履歴を確認。補償を外す方向に誘導せず、残す場合と外す場合の両方の見積りを並べて示し、判断と理由を記録する |
| 複数エリアに物件を持つオーナー | 物件ごとの上がり方の差を、水災区分と築年数の違いとして説明できるよう、一覧表にして示す |
| 入居者の保険の加入状況が不明 | 賃貸借契約の更新事務に証券の写しの提出を組み込む。満期日を台帳で管理し、期限前に通知する運用へ切り替える |
| 築古で条件が付いた物件 | 改修と点検の履歴を整理して代理店に共有。補償の優先順位をオーナーと決めてから、条件を詰める |
落とし穴も挙げておきます。第一に、金額だけを比べること。補償の範囲と自己負担額をそろえないまま安いほうを選ぶと、事故のときに差が出ます。第二に、値上がりを管理会社の側で吸収しようとすること。説明の手間を惜しんで管理料の中で処理すると、翌年も同じことが起きます。第三に、入居者側の保険を不動産会社が指定する形で強く求めること。加入自体を条件とすることと、特定の商品を強制することは別の話であり、扱いには慎重さが要ります。第四に、補償を外した判断を口頭で済ませること。被害が出てから、そんな説明は受けていないという話になりがちです。
制度の理解で慎重に扱う点
本記事は制度と実務の一般的な整理であり、個別の保険契約の妥当性を判断するものではありません。いくつか、慎重に扱うべき点を明示しておきます。
- 参考純率は保険料そのものではありません。各社が経費などを加えて実際の保険料を決めるため、全国平均の引上げ率がそのまま個別の物件の上げ幅になるわけではありません。
- 改定の反映時期は会社によって異なります。同じ改定でも、商品への反映のタイミングと方法は各社の判断です。最新の状況は保険会社や代理店に確認してください。
- 水災料率の区分は市区町村の単位で定められます。個別の物件の実際の浸水リスクと区分が完全に一致するとは限りません。判断にはハザードマップの確認を併用してください。
- 補償の要否や保険金額の設定は、保険業に関わる専門的な判断を含みます。管理会社が断定的に助言するのではなく、代理店や保険会社に確認したうえで、オーナー自身に決めてもらう形が適切です。
- 入居者への保険の案内には、募集や媒介の実務上の留意点があります。加入を求める根拠と、商品の選択の自由をどう扱うかは、自社の運用ルールを整備したうえで進めてください。
今週からやることリスト
- 管理物件の火災保険の満期日を一覧にする。今後十二か月以内に満期を迎える物件を洗い出します。ここが起点です。
- そのうち十年契約のものに印を付ける。更新ショックが大きく出るのはこの群です。優先して手当てします。
- 各物件の水災区分と築年数を並べる。説明資料の土台になります。エリアが分かれているオーナーは特に。
- 満期三か月前の着手をルール化する。個人の記憶に頼らず、台帳とアラートで回します。
- 説明資料のひな形を一枚つくる。四つの要因を分解して並べるだけの、単純な様式で十分です。
- 入居者側の保険の加入状況を、更新事務の確認項目に追加する。証券の写しの提出を定型化します。
- 補償を外す判断の記録様式を用意する。経緯と理由、決定者を残せる形にします。
よくある質問
火災保険の契約期間は、いまでも十年を選べますか。
2022年10月以降、火災保険の契約期間の上限は五年に短縮されました。それ以前に結ばれた十年契約は満期まで有効ですが、満期後の更新では最長五年までとなります。詳細は保険会社や代理店に確認してください。
参考純率が全国平均13.0パーセント上がったなら、うちも13パーセント上がるのですか。
そうとは限りません。全国平均という言葉のとおり、建物の構造、所在地、築年数などによって上げ幅は大きく異なります。平均より小さい場合もあれば、大きい場合もあります。また、参考純率は保険料の一部の基礎であり、各社が経費などを加えて実際の保険料を決めます。
水災の補償は外してもよいのでしょうか。
物件の立地によります。水災料率が高い区分に位置するということは、その地域の水害リスクが高いと評価されているということでもあります。ハザードマップと過去の被害履歴を確認したうえで、オーナー自身に判断してもらい、その経緯を記録に残す形をおすすめします。管理会社が誘導する性質の判断ではありません。
入居者が保険に入っていなかった場合、オーナーはどうなりますか。
入居者の過失による損害でも、賠償の資力がなければ回収は難航します。結果としてオーナーの負担になったり、当事者間の争いに発展したりします。だからこそ、更新事務のなかで加入状況を確認する仕組みが必要になります。
築古の物件で条件が付いたと言われました。打つ手はありますか。
改修や点検の履歴を整理して代理店に共有すること、満期の三か月前には動き出すこと、補償の優先順位をオーナーと決めておくことが、実務上の現実的な手当てです。ただし引受の可否や条件は保険会社の判断であり、確実な方法があるわけではありません。
- 火災保険の契約期間の上限が、2022年10月以降、十年から五年へ短縮されたこと。同時期に参考純率が全国平均で引き上げられ、水濡れや破損汚損の自己負担額の設定にも見直しが入ったこと
- 損害保険料率算出機構が2023年6月に届け出た火災保険参考純率の改定。住宅総合保険で全国平均13.0パーセントの引上げ
- 同改定における水災料率の細分化。建物のある市区町村ごとに一等地から五等地までの五区分が設定され、最も高い区分と最も低い区分の間に差が設けられたこと
- 参考純率は各社が保険料を算出する際の基礎であり、実際の保険料は各社が経費などを加えて決めること。改定の商品への反映時期と方法は会社により異なること
- いずれも2026年7月時点の公開情報および自社の不動産実務をもとに整理。個別の物件の保険料や引受の条件は、契約内容と保険会社の判断によって変わる


