老朽化したアパートを建て替えたい、貸店舗の入る古いビルを売りたい。そう考えて借主に退去をお願いしても、貸主の側から普通借家契約を終わらせるには、借地借家法28条が定める正当事由が必要です。そして老朽化しているという事実だけでは、正当事由はまず認められません。建築費と人件費の高騰が続き、旧耐震のアパートや空室の目立つ木造賃貸をどうするかという相談は、この一、二年で明らかに増えました。本記事は、ウルスタ代表として宅地建物取引業を営む立場から、普通借家契約を終わらせる二つのルート、通知のタイミング、正当事由の中身、立退料の積算と交渉の進め方までを、宅地建物取引士の目線で実務に即して整理します。
なぜいま立退きが中小不動産の実務論点なのか
立退きは、いつの時代も賃貸の現場にある論点です。それでもいま、この話題が中小不動産会社の相談窓口で目立って増えているのには、重なった理由があります。第一に、建築費と人件費の高騰です。修繕を重ねるほどコストがかさみ、築四十年を超えた木造アパートを直しながら回すのか、更地にして建て替えるのか、借主を残したまま売るのかという判断を、オーナーが現実に迫られています。第二に、耐震です。昭和56年以前の旧耐震基準で建てられた賃貸住宅は全国に相当数残っており、危険性を指摘された建物を貸し続ける責任を、貸主も管理会社も無視できなくなりました。
第三に、相続によるオーナーの世代交代です。そして第四に、2026年4月に施行された改正区分所有法が決議要件の緩和などで老朽建物の再生を後押しするなど、ストックの更新を政策が支える流れがあります。賃貸経営の出口として建替えや売却を考えたとき、必ず突き当たるのが借主との関係です。貸主の都合だけで契約を終わらせることはできない。この原則を条文と手順に落として理解しておくことが、トラブルを避ける最短の道になります。
【要点】普通借家の終了を一枚で
細部に入る前に、骨格を俯瞰します。押さえるべきは、終了の二つのルート、通知のタイミング、正当事由の中身、立退料の位置づけ、法定更新の落とし穴、そして禁じ手、この六つです。
| 論点 | 内容 | 実務の勘所 |
|---|---|---|
| 更新拒絶 | 期間の定めがある契約で、期間満了の1年前から6か月前までに更新しない旨を通知する。借地借家法26条1項 | 通知の窓は半年しかない。窓を外せば法定更新になり、やり直しは次の満了まで待つことになる |
| 解約申入れ | 期間の定めがない契約で、貸主から解約を申し入れると6か月の経過で終了する。借地借家法27条1項 | 法定更新後は期間の定めのない契約になるため、以後はこのルートを使う |
| 正当事由 | 更新拒絶にも解約申入れにも、正当の事由があると認められることが必要。借地借家法28条 | 通知を出しただけでは終わらない。正当事由の中身が本丸 |
| 立退料 | 正当事由を判断する要素のひとつ。財産上の給付の申出として、不足分を補完する | 立退料さえ払えば必ず明け渡させられる、という制度ではない |
| 法定更新 | 期間満了後に借主が使用を継続し、貸主が遅滞なく異議を述べないと契約は更新される。借地借家法26条2項 | 通知を出しても、その後の異議を怠れば更新されてしまう |
| 禁じ手 | 鍵の交換、荷物の搬出、電気や水道の停止、威圧的な訪問はいずれも違法 | 自力救済は損害賠償と刑事責任のリスク。交渉の土台そのものを壊す |
この六つは一本の線でつながっています。決められた窓の中で通知を出しても、正当事由がなければ終わらない。正当事由は貸主と借主の必要性の比較で決まり、足りない分を立退料が補う。手続を外せば法定更新で振り出しに戻り、力ずくで進めれば違法になる。立退きとは、時間と手順と金銭の三つを設計する仕事なのです。
終了の二つのルート——更新拒絶と解約申入れ
まず、自社が扱う契約がどちらの型かを確かめます。期間の定めがある普通借家、たとえば二年契約なら、貸主から終わらせるには更新拒絶の通知が要ります。借地借家法26条1項は、期間満了の1年前から6か月前までの間に、更新しない旨または条件を変更しなければ更新しない旨の通知をしなければ、契約は従前と同じ条件で更新されたものとみなすと定めています。つまり、通知を出せる窓は満了の1年前に開き、6か月前に閉じます。満了の3か月前に思い立って通知しても、その期の更新は止められません。建替えの計画は、逆算して少なくとも一年半から二年の時間軸で組む必要があります。
一方、期間の定めがない契約なら、借地借家法27条1項の解約申入れです。貸主が解約を申し入れると、その日から6か月を経過することで契約が終了します。この型になるのは、もともと期間を定めずに始まった古い契約と、法定更新を経た契約です。なお、この6か月という期間も、1年前から6か月前という窓も、借主に不利な特約で短くすることはできません。借地借家法30条は、これらの規定に反して借主に不利な特約は無効と定めており、契約書に一か月前の通知で解約できると書いてあっても、その条項は効きません。
通知を出しても油断できない——法定更新と遅滞なき異議
実務で見落とされやすいのが、借地借家法26条2項です。期間満了の前にきちんと更新拒絶の通知を出したとしても、満了後に借主が建物の使用を継続し、それに対して貸主が遅滞なく異議を述べなかった場合、契約は更新されたものとみなされます。通知を出したから安心だと考えて、満了日を過ぎても借主が住み続けている状態を数か月放置すれば、その通知の効果は失われかねません。同じ趣旨は27条2項にもあり、解約申入れから6か月が経過した後に借主が使用を継続する場合も同様です。
したがって、更新拒絶の通知を出した後は、満了日をカレンダーで押さえ、満了後も借主が居住しているなら、遅滞なく書面で異議を述べる。この一手を段取りに組み込んでおく必要があります。異議は、明渡しを求める意思を明確に示す内容で、配達証明付きの内容証明郵便など、日付と到達を証拠に残せる方法で出すのが実務です。通知も異議も、出したかどうかではなく、いつ相手に届いたかが後日の争点になります。通知期限、満了日、異議の期日を一連の期日として登録し、担当者が代わっても落ちない仕組みにしておきましょう。
正当事由とは——借地借家法28条の五つの考慮要素
手続を整えたうえで、本丸が正当事由です。借地借家法28条は、更新拒絶の通知や解約の申入れは、正当の事由があると認められる場合でなければすることができないと定め、その判断で考慮する要素を挙げています。第一に、貸主と借主のそれぞれが建物の使用を必要とする事情。第二に、賃貸借に関する従前の経過。第三に、建物の利用状況。第四に、建物の現況。そして第五に、貸主が明渡しの条件として、または明渡しと引換えに借主へ財産上の給付をする旨の申出をした場合における、その申出です。この五つを総合的に考慮して、正当事由の有無が判断されます。
ここで最も重い柱は、第一の必要性の比較です。貸主がその建物を必要とする事情と、借主がそこに住み続け、あるいは商売を続ける必要性を、天秤にかけて比べます。貸主側の必要性としては、自ら住むため、老朽化により建替えが避けられないためといった事情。借主側の必要性としては、高齢で転居が困難、長年営業してきた店舗の顧客基盤があるといった事情が重く見られます。単に収益性を上げたい、より高い賃料で貸したいという理由だけでは、貸主側の必要性として弱いと評価されるのが一般的な傾向です。
老朽化だけでは足りない——客観的な資料で裏づける
現場の相談でいちばん多い誤解が、建物が古いのだから明け渡してもらえるはずだ、という思い込みです。裁判例の傾向を見るかぎり、老朽化しているという主張だけで正当事由が認められることはまれです。築年数が経っていても、差し迫った危険がなく生活に大きな不便もないのであれば、借主の居住の利益が重く見られます。逆に、構造上の危険が客観的な資料で裏づけられていれば、正当事由は認められやすくなります。
そこで実務では、老朽化という言葉を客観的な資料に置き換える作業が要になります。旧耐震の建物であれば耐震診断を実施し、構造耐震指標が基準を下回ることを診断書で示す。建築士による劣化診断で、基礎や躯体、給排水の状態を写真と所見で記録する。修繕して使い続ける場合の見積りと建て替える場合の概算を並べ、修繕では安全性を確保できない、あるいは修繕費が建替え費に匹敵するといった比較を示す。なぜ出ていってほしいのかを、感情ではなく数字と診断で語れるかどうかが、交渉の質を大きく左右します。
第一に、耐震診断書または建築士による劣化診断の所見。第二に、修繕見積りと建替え概算の比較。第三に、建物の現況写真と修繕履歴。第四に、貸主が建物を必要とする事情を示す資料——建替え計画の図面、事業計画、資金計画。第五に、借主への配慮を示す資料——代替物件の提案、猶予期間の提示、立退料の申出。正当事由は単独の決め手ではなく、こうした要素の総和として評価されます。
立退料の位置づけ——正当事由を補完する財産上の給付
立退料は、借地借家法28条が挙げる五つの考慮要素のひとつ、財産上の給付の申出にあたります。ここで正確に理解しておきたいのは、立退料は正当事由を買うものではないという点です。裁判例の考え方は、貸主側の必要性がある程度認められるものの借主の必要性を上回るには足りない場合に、金銭の給付が不足分を補完し、全体として正当事由を肯定する、というものです。貸主側にほとんど必要性がない事案では、いくら高額の立退料を積んでも正当事由は認められません。逆に、貸主の必要性が明白で借主の必要性が乏しい事案なら、低額でも、あるいは立退料なしでも認められることがあります。したがって、まず必要性を資料で固め、その上で不足分を金銭で補うという順序が筋です。
立退料の積算——相場ではなく内訳で組み立てる
いくら払えばよいのかと聞かれることが多いのですが、立退料に相場と呼べる確たる基準はありません。建物の状態、賃料と近隣相場の差、借主の属性、営業の有無によって大きく変わります。実務で通用するのは、相場をあてにすることではなく、内訳を積み上げて根拠を示すことです。居住用では次の項目が骨格になります。
第一に、移転実費です。引越し費用、荷造り、エアコンなど設備の移設、通信回線の移設といった実費。第二に、移転先の敷金、礼金、仲介手数料、火災保険料といった初期費用。第三に、賃料差額の補償です。いまの賃料が相場より低ければ移転先では家賃が上がるため、その差額の一定期間分、たとえば一年から二年分を補償する考え方が用いられます。第四に、借家権価格に相当する部分。長年住み続けてきた借家人の地位そのものに価値を認める考え方で、事案によって加味されます。
店舗や事務所では、これに営業補償が加わり、金額の桁が変わります。休業期間中の逸失利益、内装や設備の再投資、顧客の喪失、看板や広告の作り直し。長年その場所で商売をしてきた店舗ほど、場所と結びついた営業価値が大きく、立退料も高くなる傾向があります。居住用の感覚で店舗の立退きに臨むと、想定の何倍もの金額を突きつけられて交渉が破綻します。営業補償を含めた概算を、建替えや売却の事業計画に先に織り込んでおくことが不可欠です。
交渉の進め方——五段階のSOP
立退き交渉は、進め方の順序で結果が変わります。当社では、次の五段階で組み立てています。第一段階は社内の準備です。契約の型、期間、通知の窓、法定更新の有無を確認し、耐震診断や修繕見積りなどの資料を揃え、立退料の内訳と上限を先に決めておきます。上限を決めずに交渉に入ると、その場の情に流されて際限がなくなります。第二段階は最初の連絡です。いきなり内容証明を送りつけるのではなく、まず訪問または書面で建替えの計画と時間軸を説明し、話し合いの意思を伝えます。対話の入口を敵対的にしない配慮が、後の交渉のコストを大きく下げます。
第三段階は個別面談です。高齢で転居が不安な方、年度末まで動けない世帯、移転先の確保に時間が要る店舗。個別に事情を聞き、猶予期間や移転先の紹介など、金銭以外の条件で解決できる部分を探ります。第四段階は合意書の締結。口約束は後で揉めます。第五段階は明渡しの確認と精算です。鍵の返還、残置物の有無、立退料の支払い、明渡し完了の確認書。ここまでやって、はじめて一件が終わります。
合意書に必ず書く条項
合意書は、後日の紛争を防ぐ最後の砦です。第一に、明渡しの期限。年月日を特定し、その日までに退去して鍵を返還する旨を書きます。第二に、立退料の金額と支払時期。明渡しの完了と引換えに支払う、あるいは一部を前払いし残額を明渡し時に支払う形が実務では多く用いられます。全額を先に払うと、期限を過ぎて居座られたときに手立てを失います。第三に、原状回復の取扱い。取壊しが前提なら義務を免除する旨を書くほうが実務は楽です。第四に、残置物の扱い。第五に、賃料や敷金の清算方法。第六に、他に債権債務がないことを確認する清算条項。第七に、期限を過ぎたときの措置。これらを漏らすと、合意したはずの案件が明渡しの直前で崩れます。
立退料の税務——支払う側と受け取る側で扱いが違う
立退料は金額が大きいだけに、税務の扱いも押さえておきます。国税庁の解説によれば、支払う側では目的によって取扱いが分かれます。建物やその敷地を譲渡するために支払う立退料は譲渡費用として譲渡所得の計算上控除され、不動産所得の基因となっていた建物の借主を立ち退かせるために支払う立退料は不動産所得の必要経費になり、土地や建物を取得するためにその使用者へ支払う立退料は取得費または取得価額に算入されます。売るために払うのか、貸し続けるために払うのか、取得のために払うのかで、経費になるか資産に乗るかが変わります。
受け取る側、すなわち借主の課税関係も三つに分かれます。家屋の明渡しによって消滅する権利の対価に相当する金額は総合課税の譲渡所得、事業の休業などによる収入や必要経費を補填する金額は事業所得など、それ以外の金額は一時所得の収入金額になります。消費税は、権利の消滅に伴う損失の補填という性格から原則として課税の対象外と整理されますが、事案により扱いが異なりえます。金額の大きい案件ほど、契約の前に税理士へ確認しておくことをおすすめします。
やってはいけない対応——自力救済は交渉の土台を壊す
立退き交渉がこじれると、力ずくで進めたくなる場面が出てきます。しかし、鍵を交換して入れなくする、無断で荷物を搬出する、電気や水道を止める、深夜や早朝に繰り返し訪問する、大声で威圧する。これらはいずれも違法です。日本の法制度は自力救済を原則として認めておらず、正当な手続を経ずに借主の占有を奪えば、損害賠償の対象になり、態様によっては住居侵入や器物損壊、強要といった刑事責任を問われる可能性もあります。裁判になれば、貸主側のこうした行為が正当事由の判断や立退料の額に不利に働くことも十分に考えられます。話し合いが進まないときの正しい道は、弁護士への依頼、民事調停、そして建物明渡請求の訴訟です。担当者が感情的な応酬に巻き込まれる前に、専門家へバトンを渡す判断を早めに下すほうが、結果として時間も費用も節約できます。
立退きゼロ戦略——出口を先に設計しておく
ここまで読んで、立退きは大変だと感じた方が多いはずです。だからこそ、そもそも立退きを必要としない設計を先に打っておく価値があります。第一に、将来の建替えや売却が視野に入る物件では、新規の募集を定期借家契約に切り替える方法です。定期借家は期間の満了で確定的に終了するため、正当事由も立退料も原則として問題になりません。第二に、自然減による段階的な空室化です。退去が出た部屋は募集を止め、あるいは短期の定期借家で回しながら、残る借主を時間をかけて減らす。空室損は生じますが、立退料と交渉コストを考えれば安くつくことが少なくありません。第三に、借主を残したままオーナーチェンジとして売却する道です。立退きは買主の課題になり、その分が価格に反映されます。老朽物件を預かった時点で、五年後、十年後の出口を貸主と話し合っておくこと。それが、いざというときの選択肢を広げます。
ウルスタは、中小不動産会社の物件・顧客・取引の進行と対応履歴を一元管理できる業務クラウドを提供しています。どの部屋がどの契約の型で、期間満了はいつで、更新拒絶の通知はいつ出せるのか。誰に、いつ、どの書面を送り、どんな返答があったのか。立退きの交渉は数か月から数年にわたり、担当者が代わることもあります。期日と履歴が残っていなければ、通知の窓を外し、異議を述べ忘れ、合意の経緯を再現できなくなります。契約と期日と交渉記録をひとつながりで管理し、オーナーへの報告もその記録から起こす。詳しくは https://ulsta.jp をご覧ください。
現場メモ——耐震診断書を持って訪ねた日
数年前、当社で管理を引き継いだ築四十五年の木造アパートで、オーナーから建替えの相談を受けました。全八戸のうち入居は五戸。うち二戸は二十年以上住み続けている高齢の単身者でした。最初にオーナーが口にしたのは、こんなに古いのだから出ていってもらえるだろう、という言葉です。私はその場で、老朽化だけでは正当事由にならないこと、立退料の負担が必要になる可能性が高いことを説明し、まず耐震診断を実施することを提案しました。
診断の結果は、構造耐震指標が基準を大きく下回るというものでした。私はその診断書と、修繕して使い続ける場合の見積り、建て替える場合の概算を持って、入居者の方を一軒ずつ訪ねました。数字と診断書を前に置いて話したことで、多くの方は理由そのものは理解してくださいました。それでも、二十年住んだ方の一戸は難航しました。転居先が見つからないという不安が理由です。そこで当社が仲介の立場で移転先を三件探し、内見に同行し、保証会社の審査まで伴走しました。最終的に、移転実費と初期費用、賃料差額の二年分に相当する金額を立退料としてお支払いし、明渡しの期限と原状回復の免除を書いた合意書を取り交わして、全戸の明渡しが完了しました。合意まで一年二か月。この経験から学んだのは、立退きは金額の交渉ではなく、不安を取り除く仕事だということです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 建物が古いので、立退料を払えば必ず明け渡してもらえますか。
いいえ。立退料は借地借家法28条が挙げる考慮要素のひとつで、正当事由の不足分を補完するものです。貸主側の必要性がほとんど認められない事案では、高額の立退料を申し出ても正当事由は認められません。まず耐震診断や修繕見積りで建替えの必要性を裏づけ、そのうえで不足分を金銭で補う順序で組み立ててください。
Q2. 更新拒絶の通知は、いつ出せばよいのですか。
期間の定めがある普通借家では、期間満了の1年前から6か月前までの間に、更新しない旨の通知を出す必要があります。この窓を外すと契約は従前と同じ条件で更新されたものとみなされます。さらに、満了後に借主が使用を継続するのに対して遅滞なく異議を述べなければ更新されてしまうため、満了日の管理と異議の書面までを一連の段取りとして組んでください。
Q3. 立退料の相場はいくらぐらいですか。
確たる相場はありません。居住用では移転実費、移転先の初期費用、賃料差額の一定期間分などを積み上げます。店舗では休業補償や内装の再投資が加わり、水準が大きく変わります。相場を探すより、内訳を積み上げて根拠を示すほうが交渉でも裁判でも通用します。
Q4. 借主が話し合いに応じません。鍵を交換してもよいですか。
絶対にいけません。鍵の交換、荷物の搬出、電気や水道の停止は自力救済にあたり、損害賠償の対象になるほか、刑事責任を問われる可能性もあります。話し合いが進まない場合は、弁護士への依頼、民事調停、建物明渡請求の訴訟という正規の手続を選んでください。違法な手段は、正当事由の判断でも貸主に不利に働きます。
Q5. 契約書に、一か月前の通知で解約できると書いてあります。使えますか。
使えません。借地借家法30条は、更新拒絶や解約申入れに関する規定に反して借主に不利な特約は無効と定めています。貸主からの解約申入れは6か月の経過で終了するというルールを、契約書の条項で短くすることはできません。なお、借主から貸主への解約予告については、契約で定めた期間が有効に働くのが通常です。
Q6. これから募集する部屋で、将来の建替えに備える方法はありますか。
定期借家契約の活用が有力です。期間の満了で確定的に終了するため、正当事由や立退料の問題が原則として生じません。ただし、書面による契約と、契約前に更新がない旨を記載した別個の書面での説明が要件で、手順を外すと普通借家として扱われます。要件を正確に踏むことを前提に検討してください。
まとめ:立退きは金額の交渉ではなく、時間と手順と誠実さの設計である
貸主から普通借家契約を終わらせるには、決められた窓の中で通知を出し、借地借家法28条の正当事由を備え、不足分を立退料で補うという三つを設計する必要があります。老朽化しているという事実だけでは正当事由にならず、耐震診断や修繕見積りといった客観的な資料が、交渉の説得力と裁判での評価を支えます。通知の窓は期間満了の1年前から6か月前まで。通知を出した後も、満了後の使用継続には遅滞なく異議を述べる。立退料は相場ではなく内訳で積み上げ、上限を先に決めてから交渉に入る。合意は必ず書面にし、明渡しと引換えに支払う。そして、鍵の交換に代表される自力救済には決して手を出さない。自社が管理する物件のうち、築四十年を超えるもの、旧耐震のものを書き出し、五年後の出口を貸主と話し始めるところから着手してみてください。立退きは、追い出す仕事ではなく、住まいと商いの移し替えを設計する仕事です。
参考: 借地借家法26条(建物賃貸借契約の更新等・期間満了の1年前から6か月前までの更新拒絶の通知、使用継続に対する遅滞なき異議) / 借地借家法27条(解約による建物賃貸借の終了・申入れから6か月の経過) / 借地借家法28条(更新拒絶等の要件・正当事由の考慮要素として、当事者が建物の使用を必要とする事情、従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、財産上の給付の申出) / 借地借家法30条(強行規定・借主に不利な特約は無効) / 国税庁タックスアンサー——No.1382 立退料を支払ったとき、No.3155 借家人が立退料をもらったとき、No.3255 譲渡費用となるもの / いずれも2026年7月時点の公開情報および自社の不動産実務をもとに整理


