国土交通省は6月2日、地籍調査を効率的・効果的に進めるための「3ヶ年加速化施策パッケージ」を策定したと発表しました。全国の地籍調査の進捗率は令和6年度末時点で53%。半分近くの土地で、登記所の地図が現地の境界を正確に反映していない状態が続いています。境界の話は、売買の現場では地味な論点に見えます。しかし実際には、確定測量が決済に間に合わずに引渡しが延びる、隣地の立会いが取れずに契約が流れる、引渡し後に越境が見つかって紛争になる——中小不動産会社が売買仲介で踏む地雷の多くは、境界に埋まっています。境界が決まらない土地は、値段が付かないのではなく、取引が前に進まないのです。本記事は、ウルスタ代表として宅地建物取引業を営み、自社で210室規模の賃貸住宅も運営する立場から、筆界と所有権界の基礎、公簿売買と実測売買の使い分け、確定測量と筆界特定制度の段取り、越境物の覚書、そして媒介受託時の境界チェックリストまで、中小不動産会社の売買実務として整理します。
なぜ今か — 地籍調査「3ヶ年加速化施策パッケージ」と境界整備の現在地
まず制度の現在地です。国土交通省の発表によると、同省は6月2日、効率的・効果的な地籍調査を進めるための「3ヶ年加速化施策パッケージ」を策定しました。現行の国土調査事業十箇年計画の期末である令和11年度末に向けて、令和9年度からの3年間を念頭に、防災対策街区境界調査(仮称)の創設、モービルマッピングシステム(MMS)やリモートセンシングといった新技術の実装、市町村をまたぐ広域化・共同化などに集中的に取り組むとされています。背景にあるのは、調査を担う市町村の予算と人員の不足、そして進捗の地域差です。
地籍調査は「土地の戸籍」を整える国の事業で、一筆ごとの土地の所有者・地番・地目を調査し、境界の位置と面積を測量して、その成果が登記所の地図に反映されます。国土交通省の公表では、全国の進捗率は令和6年度末時点で53%。津波・浸水などの被害が想定される地域等を中心とした優先実施地域に限ると81%まで進んだ一方、人口集中地区(DID)の都市部や山村部では進捗の遅れが指摘されています。つまり、取引が多い都市部ほど「公的な地図と現地の境界が一致している保証がない」のが現状です。
所有者不明土地問題を背景に、相続登記の申請義務化(2024年4月)、住所等変更登記の義務化(2026年4月)、相続土地国庫帰属制度(2023年4月)、隣地の枝の切除ルールを見直した改正民法233条(2023年4月)と、土地の「持ち主と境界を明らかにする」方向の制度整備が続いています。地籍調査の加速化もこの流れの一部であり、境界の明確化は今後ますます取引の前提条件になっていきます。
相続で取得した土地の売却相談は今後も増えます。古い分譲地や代々の土地ほど、境界標が失われ、測量図が古く、隣地も代替わりしています。地籍調査の加速化が報じられた今は、自社の売買実務の「境界の型」を点検するよい機会です。
筆界と所有権界 — 境界の基礎を3分で押さえる
実務で混乱のもとになるのが、「境界」という言葉が2つの異なる概念を指すことです。
1つ目は筆界です。一筆の土地の範囲を区切る公法上の線で、明治の地租改正以来の経緯で定まっているものです。筆界は隣地同士の合意で動かすことはできません。動かしたければ分筆・合筆という登記手続が必要です。2つ目は所有権界で、所有権が及ぶ範囲を画する私法上の線です。通常は筆界と一致しますが、一部の土地を時効取得した場合や、塀を筆界とずれた位置に作ってお互いそれを境と信じて使ってきた場合などには、筆界と所有権界がずれます。
塀・フェンス・生け垣は「境界らしきもの」であって境界そのものではありません。塀の内側か外側か中心か、どこが筆界かは別問題です。媒介の現地調査で「塀があるから大丈夫」と判断するのは危険です。確認すべきは境界標(コンクリート杭・金属標・プレート等)の有無と、法務局の地積測量図・地図との整合です。
仲介の担当者が押さえるべきはこの一点です。「隣地と話がついている」ことと「筆界が公的に明らかである」ことは別であり、売買で買主と金融機関が求めるのは後者だということです。
境界が曖昧な土地の売買で起きる5つのトラブル
境界が曖昧なまま売買を進めると、典型的には次の5つが起きます。
第一に、確定測量が決済に間に合わない。境界確定を引渡しの条件にしたものの、隣地の立会い調整や官有地との査定に時間がかかり、決済期日が延びるケースです。買主が住宅ローンの金利確定や買い替えの玉突きを抱えていると、延期は単なる迷惑では済みません。第二に、面積が登記と実測でずれる。いわゆる縄伸び・縄縮みです。実測すると登記簿より広い・狭いという事態は古い土地では珍しくなく、精算方法を決めていないと代金トラブルに直結します。第三に、越境の発覚。屋根の軒、雨樋、ブロック塀の基礎、樹木の枝、給排水管。測量してはじめて、こちらが越境している、あるいはされていることが分かります。第四に、隣地の非協力。立会いを拒まれる、判子を押してもらえない、そもそも隣地の所有者が相続未登記で誰か分からない。第五に、引渡し後の紛争。境界を曖昧にしたまま引き渡した結果、買主と隣人の間で紛争になり、説明義務を果たしたかどうかが仲介会社に跳ね返ってくるケースです。
共通するのは、どれも「契約の後」に火を噴くことです。だからこそ、媒介受託の時点での境界の現状把握が、売買仲介のリスク管理のほぼすべてと言っていいほど重要になります。
公簿売買と実測売買 — 契約の型の選び方
境界と面積の扱いは、契約の型で決まります。公簿売買は、登記簿上の面積で代金を確定し、実測面積と差があっても精算しない方式です。実測売買は、実測面積に単価を乗じて代金を精算する方式で、契約後に確定測量を行い、引渡しまでに面積を確定させるのが一般的です。
どちらが正しいということではなく、土地の性格と当事者の意向で選びます。地方の広い土地や山林、代金に対して測量費が重い取引では公簿売買が選ばれることが多く、都市部の住宅地や面積単価が高い土地では実測精算が好まれます。重要なのは、どちらの型でも「境界の明示」と「面積の精算の有無」を契約書に明記し、重要事項説明で説明し尽くすことです。公簿売買だから境界を曖昧にしてよいわけではありません。境界標の有無、地積測量図の有無と作成年代、越境の有無と覚書の有無は、型にかかわらず説明すべき事項です。また、実測精算とする場合は、単価・精算の対象(私道部分やセットバック部分を含むか)・確定測量が完了しない場合の処理(期日の延長か、解除か、公簿への切替えか)まで決めておくと、決済直前の混乱を防げます。
確定測量の段取り — 期間と費用の目安
測量には大きく2種類あります。現況測量は、塀や杭など現地の状況をそのまま測るもので、隣地の立会いを要せず短期間でできますが、筆界を確定させる効力はありません。境界確定測量(確定測量)は、隣接するすべての土地の所有者(道路・水路など官有地に接していれば行政も)の立会いと確認を得て筆界を確定させ、筆界確認書と確定図を取り交わすものです。売買で「境界明示」の裏付けになるのはこちらです。
段取りはおおむね、資料調査(公図・地積測量図・過去の確認書)→現況測量→隣地・行政への立会い依頼→現地立会い→筆界確認書の取り交わし→確定図の納品、と進みます。期間は、隣地が民有地のみで協力的なら3か月前後が一つの目安とされますが、官民査定(道路・水路との境界確定)が入る場合や隣地が多い場合は半年以上かかることも珍しくない、とされています。費用は土地の形状・隣地の数・官民査定の有無で大きく変わり、一般に数十万円台、官民査定を含むと100万円を超える例もあると言われます。個別の見積りは土地家屋調査士に依頼するのが確実で、媒介の現場では「期間と費用は条件次第で大きく振れる」前提でスケジュールを組むことが重要です。売却の相談を受けた時点で測量に着手しておけば、買主が現れてから慌てずに済みます。
隣地が協力しないとき — 筆界特定制度・ADR・境界確定訴訟
確定測量の最大の不確定要素は隣地の協力です。立会いを拒まれた、確認書への押印を断られた、所有者が分からない——そのときの選択肢を順に押さえます。
第一の選択肢が筆界特定制度です。2006年に創設された制度で、土地の所有者等の申請に基づき、法務局の筆界特定登記官が、外部専門家である筆界調査委員の意見を踏まえて筆界の位置を特定します。裁判と違って隣地を「訴える」形にならないため、関係をこれ以上こじらせたくない場面で使いやすいのが特長です。申請から特定までの期間は地域差があるものの6か月から9か月程度が標準的とされ、多くは1年以内に結論が出るとされています。第二に、土地家屋調査士会などが運営する境界問題のADR(裁判外紛争解決手続)。所有権界も含めた話し合いによる解決を図る場です。第三に境界確定訴訟。判決で筆界を確定させる最終手段ですが、解決まで数年単位かかるのが通例とされ、売買のスケジュールには乗りません。
隣地の所有者がそもそも分からない場合は、まず登記情報と固定資産課税の現況、近隣への聞き取りで手がかりを集めます。相続未登記で相続人が多数にのぼる場合や所在不明の場合には、所有者不明土地・建物の管理人の選任を裁判所に申し立てる制度(2023年4月施行の改正民法)も整備されていますが、時間と費用がかかるため、売買のスケジュールに乗せるかどうかは慎重な判断が必要です。
実務の判断としては、売買の期日が決まっているなら、筆界特定や訴訟を「待つ」選択は基本的に成立しないということを売主に率直に伝えるべきです。協力が得られない事情ごと買主に開示して公簿売買で進める、価格に織り込む、あるいは時間をかけて筆界特定を先行させてから売り出す。どれを選ぶかは売主の意思決定ですが、選択肢と時間軸を示すのは仲介の仕事です。
越境物の実務 — 「覚書」で未来に送る
確定測量をすると、高い確率で何かしらの越境が見つかります。屋根の軒先、雨樋、エアコンの室外機、ブロック塀、樹木の枝、地中の給排水管。すべてを引渡しまでに物理的に是正できれば理想ですが、塀の作り直しや配管の移設は現実的でないことが多く、実務では越境の覚書で処理します。越境の事実をお互いに確認し、現状はそのまま容認しつつ、将来建て替えや改築の際に越境状態を解消すること、覚書の効力を土地の承継人にも引き継ぐことを約束する書面です。買主と金融機関にとっては、越境が「把握され、処理方針が合意されている」ことが重要であり、覚書の有無が融資判断に影響することもあります。
なお、樹木の枝については2023年4月施行の改正民法233条で、催告しても相当期間内に切除されない場合などに越境された側が自ら枝を切り取れるようになるなど、ルールが整理されています。とはいえ現場の基本は変わりません。勝手に切らず、書面で残し、覚書で未来に送る。感情的な隣地トラブルの多くは、この手順を飛ばしたときに起きます。
地籍調査の成果を仲介実務で使う
自分の商圏で地籍調査がどこまで進んでいるかは、公開情報で調べられます。国土交通省の地籍調査Webサイトには市区町村ごとの実施状況マップがあり、調査済みの地域かどうかを確認できます。調査が完了した地域では、その成果に基づく精度の高い地図(不動産登記法14条1項の地図)が登記所に備え付けられ、境界の復元性が高くなります。一方、未調査の地域で登記所に備わっているのは、多くが明治期の図面に由来する「地図に準ずる図面」(いわゆる公図)で、形状や位置関係の参考にはなっても、現地の境界を正確に表しているとは限りません。
媒介受託時には、対象地の地域が地籍調査済みか、登記所の図面が14条地図か公図か、地積測量図があるならいつの年代のものかを必ず確認します。同じ「測量図あり」でも、昭和の残置図面と、確定測量に基づく近年の地積測量図では信頼性がまったく違います。この確認だけで、その土地の境界リスクの濃淡はかなり読めるようになります。
媒介受託時の境界チェックリスト
当社で使っている受託時の境界確認の型を、チェックリストとして整理します。
| 確認項目 | 確認先 | 見るポイント |
|---|---|---|
| 地籍調査の実施状況 | 地籍調査Webサイト・市区町村 | 対象地域が調査済みか、14条地図が備わっているか |
| 登記所の図面の種別 | 法務局 | 14条地図か公図か。地積測量図の有無と作成年代 |
| 境界標の現況 | 現地 | 杭・金属標・プレートの有無と位置。写真で記録 |
| 過去の筆界確認書 | 売主・前回取引の資料 | 隣地との確認書・越境覚書・官民査定の有無 |
| 越境の兆候 | 現地 | 軒・雨樋・塀・樹木・室外機・配管。双方向で確認 |
| 隣地の状況 | 登記情報・現地 | 所有者・相続未登記の有無・空き家かどうか |
受託の段階でこの6項目を確認し、結果を売主と共有して、測量の要否と契約の型(公簿か実測か)まで仮決めしておく。これだけで、契約後に境界で慌てる案件は大きく減ります。査定書に境界の所見を一行入れるだけでも、売主からの信頼は変わります。
立場別 — 境界とどう向き合うか
| 立場 | 境界リスクの現れ方 | 今やるべきこと |
|---|---|---|
| 売主 | 測量の遅れ・隣地非協力が売却スケジュールを直撃 | 売却を決めた時点で資料収集と測量着手。隣地への挨拶を惜しまない |
| 買主 | 引渡し後の越境・面積トラブルを引き継ぐ恐れ | 境界明示の方法と越境覚書の有無を契約前に確認 |
| 売買仲介の担当 | 説明不足が紛争時に責任問題として跳ね返る | 受託時チェックリストの運用と重説への正確な記載 |
| 賃貸オーナー | 相続・建て替え・売却の局面で境界が顕在化 | 境界標と図面の現状を平時に把握しておく |
| 自社の経営層 | 担当者ごとの確認レベルのばらつきが会社のリスク | 境界確認の型の標準化と土地家屋調査士との連携体制 |
よくある質問
Q1. 境界標がない土地は売れませんか。
売れないわけではありません。確定測量で境界を確定してから売る方法のほか、境界非明示の条件を買主が了解すれば公簿売買で取引すること自体は可能です。ただし買主の融資や転売、建て替えの局面で支障が出る可能性があるため、その事情を説明したうえで価格と条件に織り込むのが実務です。
Q2. 確定測量はいつ着手すべきですか。
売却の意思が固まった時点、つまり媒介契約の前後が理想です。買主が決まってからの着手では、隣地の立会い調整や官民査定で決済期日を圧迫します。相続した土地なら、相続登記と並行して進めると効率的です。
Q3. 隣地が立会いを拒否しています。売買は無理ですか。
選択肢は残っています。事情を開示して公簿売買で進める、筆界特定制度を申請して公的な判断を得てから売り出す、などです。期日の決まった取引に筆界特定や訴訟を間に合わせるのは難しいため、時間軸を売主と共有して方針を決めることが先決です。
Q4. 実測したら登記簿より面積が大きく出ました。代金はどうなりますか。
契約の型によります。実測売買で精算条項があれば単価に基づいて精算し、公簿売買で精算しない旨を定めていれば代金は変わりません。トラブルになるのは精算の取り決めが曖昧な場合です。契約書に精算の有無・単価・対象範囲を明記してください。
Q5. 越境している塀があります。引渡しまでに壊すべきですか。
物理的な是正が難しい場合は、越境の事実と将来の解消方針を定めた覚書を隣地と取り交わし、買主に引き継ぐのが一般的です。買主の金融機関が覚書の有無を確認することもあります。勝手に撤去して隣地との関係を壊すのが一番の悪手です。
Q6. 筆界特定制度を使えば境界の紛争は終わりますか。
筆界特定は法務局による公的な判断の証明であり、新たに筆界を作る手続ではありません。結果に不服がある当事者は境界確定訴訟を提起できます。もっとも、特定の結果は訴訟でも有力な資料として扱われるとされ、実務上は多くの紛争がここで落ち着くと言われています。
Q7. 地籍調査が済んだ地域なら測量は不要ですか。
調査済み地域は14条地図により境界の復元性が高く、確定測量の負担が軽くなることが期待できます。ただし調査後の分筆や地形の変化、境界標の亡失はあり得るため、取引にあたって現地の境界標の確認が不要になるわけではありません。最終判断は土地家屋調査士に相談してください。
まとめ:境界の確認は、受託の日から始める
地籍調査の加速化が動き出した今、中小不動産会社がやるべきことは三つです。媒介受託時の境界チェック6項目を型にして全担当者で運用すること、売主には売却の意思が固まった時点での測量着手を促すこと、そして越境と隣地非協力には覚書・筆界特定という制度の選択肢を時間軸付きで示すことです。境界のトラブルは、契約のあとに発覚するから紛争になります。受託の日に現地で杭を探し、法務局で図面の種別を確かめ、売主に境界の現在地を率直に伝える。その一手間が、決済延期も、引渡し後の紛争も、仲介会社への責任追及も防ぎます。土地の半分でまだ地図が現地と一致していないこの国では、境界を確かめる力がそのまま仲介の品質です。今日も一件、丁寧に積み上げていきましょう。
ウルスタは、中小不動産会社の物件・契約・顧客情報と調査履歴を一元管理できる業務クラウドを提供しています。境界標の写真、図面の種別、隣地との経緯、越境覚書の有無——売買の物件調査で集めた情報が物件ごとに時系列で残っていれば、担当者が替わっても説明の質は落ちず、次の取引や査定にもそのまま使えます。「あの土地、境界はどうなっていましたか」に即答できる会社を、日々の入力の延長でつくっていきましょう。
参考: 国土交通省 報道発表「効率的・効果的な地籍調査を進めるための『3ヶ年加速化施策パッケージ』を策定しました」(2026年6月2日) / 国土交通省 地籍調査Webサイト(実施状況・状況マップ) / 国土交通省 報道発表「『土地の戸籍』に関する最新の調査実施状況」(全国進捗率53%・優先実施地域81%) / 法務局「筆界特定制度」解説ページ / 民法233条(2023年4月施行の改正を含む)・不動産登記法14条 / いずれも2026年6月時点の公開情報をもとに整理