退去立会いのオンライン化は、入居時と退去時の写真を同じ項目・同じ構図でそろえ、ビデオ通話で借主と一緒に確認し、ガイドラインの区分と経過年数を示した精算明細書に合意をもらう流れにすると、現地の立会いと同じ説明ができます。ただし臭いや設備の動作など、画面越しでは確かめにくい点は現地で確認します。この記事では、民法621条・622条の2、国土交通省の原状回復ガイドラインと参考資料、賃貸住宅標準契約書、最高裁判決を確かめ、手順と写真の残し方をまとめました。
原状回復と敷金のルール
民法621条と622条の2
民法621条は、賃借人は受け取った後に生じた損傷を、賃貸借が終了したときに原状に戻す義務を負うとしつつ、通常の使用及び収益によって生じた損耗と経年変化を損傷から除いています。損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるときも、原状回復の義務はありません。
敷金について622条の2第1項は、賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたときに、敷金から賃借人の金銭債務を差し引いた残額を返還しなければならないと定めています。オンラインで立ち会う場合も、鍵の返却などで「返還を受けた」日をはっきり記録しておくことが、精算の起点になります。
標準契約書の明渡しと原状回復の条項
国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)は、第14条2項で明渡し日を事前に通知することを借主に求め、第15条1項で通常の使用に伴う損耗と経年変化を除いた原状回復を定めています。同条2項は、明渡しのときに、特約があればそれも含めて、別表第5に基づき原状回復の内容と方法を協議するとしています。オンラインの立会いは、この協議をビデオ通話と書面で行う方法と考えると整理しやすくなります。
ガイドラインが求める確認と記録
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版、平成23年8月)」は、入居時と退去時にチェックリストを作り、部位ごとの損耗などの状況を当事者が立ち会って十分に確認すること、平面図への記入や写真などのビジュアルな手段を併せて使うことが重要だとしています。様式例として「入退去時の物件状況及び原状回復確認リスト」と「原状回復の精算明細書」が載っています。
令和5年3月の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に関する参考資料は、入居前からあったキズなどの客観的な証拠として、入居時に写真を撮っておくことが重要だとしています。あわせて、立会いがない場合は退去前に写真を撮影しておくことも、トラブル防止の観点から有用と考えられるとしています。オンラインの立会いは、この写真の考え方を土台に組み立てます。
負担区分と経過年数
| 区分 | ガイドラインの考え方 | 費用の負担 |
|---|---|---|
| A | 通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの | 賃貸人 |
| B | 住まい方、使い方次第で発生したりしなかったりすると考えられるもの | 賃借人(経過年数を考慮) |
| A(+B) | 基本はAだが、手入れなど賃借人の管理が悪く、損耗が発生・拡大したと考えられるもの | 賃借人(拡大した部分) |
| A(+G) | Aのうち、建物価値を増大させる要素が含まれるもの | 賃貸人 |
賃借人の負担になる部分でも、経過年数を考慮します。ガイドラインは、クロスなどは6年で残存価値1円となるような負担割合を算定するとし、クロスの張替えは、毀損させた箇所を含む一面分までは賃借人負担としてもやむを得ないとしています。畳表は経過年数を考慮しないとされています。
特約がある場合
通常損耗を借主の負担とする特約について、最高裁平成17年12月16日判決(平成16(受)1573)は、負担する損耗の範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭で説明し、賃借人がそれを明確に認識して合意の内容としたと認められるなど、明確な合意が必要だと判断しています。ガイドラインも、特約の必要性と合理的な理由、賃借人の認識、義務を負う意思表示という3つの要件を示しています。オンラインで精算するときは、特約の条文を画面に映し、契約時の説明の記録とあわせて確認します。
オンラインに向く退去と現地を併用したい退去
| 状況 | 進め方 | 理由 |
|---|---|---|
| 借主がすでに遠方へ引っ越している | オンライン | 移動の負担なく協議できる |
| 入居時の写真とチェックリストがそろっている | オンライン | 比べる基準が画面で示せる |
| 損傷が小さく、借主負担の箇所が少ない | オンライン | 写真で説明しやすい |
| ペットやたばこの臭いが論点になる | 現地を併用 | 臭いは写真や映像に写らない |
| 漏水、設備の故障、床の沈みがある | 現地を併用 | 動作や範囲の確認が要る |
| 借主が対面での確認を望む | 現地 | 協議の方法は合意で決める |
入居時から精算までの手順
入居時:比べる基準をつくる
- 部屋ごとに撮る順番を決め、全景と近接の2種類を撮る
- 入居前からあるキズは、物差しなどを当てて大きさが分かるように撮る
- チェックリストの番号と写真のファイル名をそろえる
- 撮影日が分かる形で保存し、借主にも同じ写真とリストを渡して、確認の署名をもらう
入居時のリストと写真を借主と共有しておくのは、退去時に「このキズは入居前からあった」「なかった」という食い違いを、双方が同じ資料で確かめられるようにするためです。入居中に借主から設備の不具合や損傷の連絡があったときも、日付とあわせて同じ記録に書き足しておくと、退去時に入居中のどの時点で生じたものかを説明しやすくなります。
退去日の前:案内と準備
解約の申入れを受けたら、明渡し日(標準契約書第14条2項)、立会いの方法(現地かオンラインか)、日時、使う通話アプリ、鍵の返し方、敷金を返す口座を確かめます。通話を録画する場合は、録画することと目的を事前に伝えます。
当日:2つのやり方
| やり方 | 現地にいる人 | 画面の向こうの人 | 向く場面 |
|---|---|---|---|
| 担当者が現地 | 管理会社の担当者 | 借主 | 借主がすでに引っ越しているとき |
| 借主が現地 | 借主 | 管理会社の担当者 | 担当者が遠方で、借主が鍵を持って最後の確認をするとき |
どちらの場合も、入居時の写真を画面で示しながら、同じ構図で撮った退去時の写真と並べて確認します。借主の言い分は、その場でチェックリストの備考欄に書き、通話の最後に読み上げて確かめます。借主が現地にいるやり方では、撮影する場所と順番を事前にリストで渡しておくと、撮り漏れが減ります。
ビデオ通話の流れ
- 本人確認をし、通話の目的(原状回復の内容の確認と協議)と、録画する場合はその旨を伝える
- 玄関から順に、チェックリストの番号どおりに部屋を回る
- 入居時の写真と退去時の映像を並べ、損傷の有無と、入居時からあったものかを確かめる
- 損傷がある箇所について、ガイドラインの区分(A、B、A(+B))のどれに当たると考えるかを説明し、借主の意見を聞く
- 特約がある場合は、契約書の条文を画面に映して確認する
- 確認した箇所と借主の意見をまとめて読み上げ、後日送る精算明細書の見込みと、質問を受け付ける期間を伝える
通話の回線が不安定な場合に備えて、確認が途中で切れたときの連絡方法と、後日に写真で確認を続ける方法を事前に決めておきます。
精算明細書と電子サイン
精算明細書は、ガイドラインの様式例のように、対象箇所、修繕内容、工事費用、経過年数、負担割合を並べます。写真の番号も書いておくと、借主が後で見返したときに分かりやすくなります。
合意は電子サインでとる方法があります。電子署名法3条は、電磁的記録に本人による電子署名(本人だけが行えるよう適正に管理されたものに限る)が行われているときは、真正に成立したものと推定すると定めています。工事の見積りが後になる場合は、その場では負担区分の確認までにとどめ、金額は明細書を送って改めて合意をとります。
敷金は、622条の2のとおり、明渡しを受けた後に未払いの債務を差し引いて返します。返す日と金額は、借主に書面で知らせます。
写真記録の残し方
| 部位 | 撮り方 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 壁・クロス | 一面ずつ全景を撮り、キズは近接で撮る | 負担の単位は一面分まで。どの面か分かるように撮る |
| 床 | 部屋の四隅から全景、へこみやキズは近接 | 家具の跡が通常損耗かどうかの説明に使う |
| 水回り | 浴室、洗面、キッチン、トイレを順に撮る | カビや水垢は手入れの状況(A(+B))の説明に使う |
| 建具・設備 | 開け閉め、点灯、給湯を動画で撮る | 動作は写真では分からない |
| 臭い | 写真では残せない | 現地で確かめ、文章で記録する |
| 鍵 | 返却された本数を撮る | 返還を受けた日を記録する |
写真は物件・部屋ごとにフォルダを分け、入居時と退去時を同じ番号で対応させます。保存期間は、敷金の返還などをめぐる請求の時効(民法166条1項:権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年)を目安に、社内で決めておく考え方があります。立会い全体のチェック項目は退去立会いマニュアルで扱っています。
オンラインで行うときの注意点
- 画面越しの説明だけで請求額を確定しない。見積りが前提であることを伝える
- 借主本人や家財が映る録画は、録画することと目的を事前に伝え、精算に必要な範囲で扱う
- 臭い、設備の動作、漏水は現地で確かめる
- 特約がないのに、通常損耗の補修費用を請求しない
- 金額だけを示さず、写真の番号と経過年数の計算を精算明細書に書く
ウルスタくんでは、物件・入居者の管理に入居者ごとの情報を残し、書類を作って電子サインで合意をとれます。入居時の確認リストと退去時の精算を同じ入居者の記録にまとめておくと、オーナーへの説明にもそのまま使えます。精算の考え方は原状回復・退去精算の実務、ペット可物件の退去はペット可賃貸の運用手順も参考にしてください。
このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。
よくある質問
Q1. 借主が立会いに参加しない場合は?
ガイドラインの参考資料は、立会いがない場合は退去前に写真を撮影しておくことが有用と考えられるとしています。管理会社側で入居時と同じ構図の写真を撮り、精算明細書に写真の番号を添えて送ります。質問や異議を受け付ける期間と連絡先も書いておきます。
Q2. ビデオ通話は録画した方がよいですか?
録画するかどうかは運用で決めます。録画する場合は、事前に借主に伝え、目的を精算の記録に限ります。精算の記録としては、チェックリストへの記入と精算明細書への署名が中心になります。
Q3. 工事の見積りが出る前に合意をとれますか?
当日は、どの箇所が借主負担の区分に当たるかの確認までにとどめ、金額は見積りがそろってから明細書で示し、改めて合意をとる方法が分かりやすくなります。
Q4. 敷金はいつまでに返せばよいですか?
民法622条の2は、賃貸借が終了し、物件の返還を受けたときに残額の返還義務が生じると定めており、何日以内という日数は条文にありません。契約書に定めがあればそれに従い、定めがなければ精算の合意から返還までの日数を社内で決めて借主に伝えます。
Q5. 経過年数はどう計算しますか?
ガイドラインは、クロスなどは6年で残存価値1円となるような直線(または曲線)を描いて負担割合を決める考え方を示しています。入居した時点での経過年数も考えに入れて計算し、精算明細書に計算の過程を書きます。
Q6. 借主が精算の内容に納得しない場合は?
写真とチェックリスト、区分と経過年数の計算を示して、どの箇所のどの点に異議があるのかを具体的に聞き、協議を続けます。協議で決まらないときの手段については、ガイドラインの参考資料に紛争解決の手法をまとめた章があります。オーナーとも相談し、必要に応じて専門家に相談します。
出典(本文で参照している資料)
- 民法(e-Gov法令検索):166条、621条、622条の2
- 電子署名及び認証業務に関する法律(e-Gov法令検索):3条
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について/ガイドライン本文(再改訂版)
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に関する参考資料(令和5年3月)
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書」について/賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・家賃債務保証業者型)
- 最高裁判所 平成17年12月16日判決(平成16(受)1573)
この記事は2026年10月7日時点の情報です。

