賃貸物件の騒音クレームは、音の出どころを決めつけずに記録をとり、全体への注意喚起、個別の文書注意、期間を定めた催告と段階を踏むのが基本です。契約の解除を検討する段階では、その経過が判断の材料になります。この記事では、民法の用法遵守義務、国土交通省の賃貸住宅標準契約書、騒音規制法と自治体の役割、区分所有法、最高裁判決を確かめ、受付から解除の検討までの手順を示します。
騒音の苦情で使う法令と契約書の条項
契約上の義務:用法遵守と「大音量」の禁止
民法594条1項は、借主は契約や目的物の性質によって定まった用法に従って使用しなければならないと定め、616条で賃貸借に準用されています。国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)は、第8条3項と別表第1第4号で「大音量でテレビ、ステレオ等の操作、ピアノ等の演奏を行うこと」を禁止しています。
同じ契約書の第10条2項は、第8条の義務の違反について、相当の期間を定めて催告しても履行されず、「本契約を継続することが困難であると認められるに至ったとき」に解除できるとしています。1回の苦情で解除まで進む形ではなく、注意と催告の経過を前提にしている点が、手順を段階に分ける理由です。手元の契約書は標準契約書と書き方が違うことも多いため、まず自社の契約書の禁止事項と解除の条項を確かめます。
信頼関係の考え方と判例
賃貸借の解除では、当事者間の信頼関係が壊れたといえるかが問われます。最高裁昭和50年2月20日判決(昭和49(オ)904)は、ショッピングセンターの賃借人に課された秩序維持の義務について、賃借人が他のテナントとの紛争を起こし、注意を受けても暴言や暴行に及んだ事案で、賃貸借契約の基礎である信頼関係は破壊されたとして、無催告の解除を認めました。
商業施設の事案なので、住宅の生活音にそのまま当てはまるものではありません。ただ、契約上の義務について注意を受けたのに改めなかった経過が判断に使われている点は、管理会社が注意の日時と内容を記録しておく理由になります。
騒音規制法と自治体の役割
騒音規制法の目的は、工場・事業場の事業活動と建設工事に伴う騒音の規制と、自動車騒音の許容限度を定めることなどです(1条)。飲食店の深夜営業や拡声機の騒音などは、地方公共団体が地域の条件に応じて必要な措置を講じることとされています(28条)。環境省の「騒音規制法の概要」も、都道府県や市町村が必要に応じて条例などによる規制・指導を行っていると説明しています。
住戸どうしの生活音は、騒音規制法の規制の枠組みの外にあり、契約と当事者間の話し合いで扱うことが中心になります。物件のある自治体が、生活騒音について条例や相談窓口を設けているかは、自治体ごとに確かめます。
警察への相談と軽犯罪法
軽犯罪法1条14号は、「公務員の制止をきかずに、人声、楽器、ラジオなどの音を異常に大きく出して静穏を害し近隣に迷惑をかけた者」を拘留または科料の対象としています。深夜の大声やけんかの声など、その場で危険を感じるときは、申告者自身が警察に相談する方法があることを案内します。管理会社は警察の代わりに制止する立場ではないため、案内にとどめます。
分譲マンションの1室で起きたとき
賃借人などの占有者にも、区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない義務が準用されます(区分所有法6条1項・3項)。占有者の行為が続く場合、区分所有者の全員または管理組合法人は、行為の停止などを請求できます(57条4項)。障害が著しく他の方法では解決が難しいときは、集会の決議(出席した区分所有者とその議決権の各4分の3以上)と弁明の機会を経て、訴えで賃貸借契約の解除と専有部分の引渡しを請求する仕組みもあります(60条、58条2項・3項)。分譲の1室で起きた苦情は、管理組合やマンションの管理会社とも情報を共有します。
受付から解除の検討までの手順
次の表は手順の例です。各段階の間隔は、物件や契約書の定めに合わせて社内で決めます。
| 段階 | やること | 残す記録 |
|---|---|---|
| 受付 | 申告者から、音の種類、時間帯、頻度、聞こえる方向を聞き取る。申告者の名前を相手に伝えないことを確認する | 聞き取りシート |
| 事実確認 | 申告のあった時間帯に共用部分で確かめる。周りの入居者にも聞く。上下の部屋とは限らない前提で考える | 確認した日時と結果 |
| 全体への注意喚起 | 音の出どころが分からない段階では、部屋を名指しせずに全戸へ配る | 配布した文面と日付 |
| 個別の文書注意 | 出どころが分かったら、契約書の条項を示して改善を依頼する。相手の言い分も聞く | 送った文書、相手の説明 |
| 改善の確認 | 一定の期間をおいて、申告者に状況を聞く | 確認の結果 |
| 書面による催告 | 改善されない場合、期間を定めて催告する。内容証明郵便など、日付と内容が残る方法をとる | 催告書の写し、配達の記録 |
| 解除の検討 | オーナーと話し合い、弁護士に相談する | 協議の記録 |
音は、真上や隣の部屋だけでなく、斜めの部屋や配管、建物の外から伝わってくることもあります。出どころを特定できない段階で個別に注意すると、関係のない入居者との間で新しいもめごとを生みます。
聞き取りシートの項目
| 項目 | 聞き方の例 |
|---|---|
| 音の種類 | 足音、話し声、音楽、楽器、洗濯機、ドアの開け閉め、ペットの鳴き声など |
| 時間帯と頻度 | 何時ごろか、週に何回か、どのくらい続くか |
| 聞こえる方向 | 上、下、横、外のどれか。どの部屋で聞こえるか |
| 始まった時期 | いつから続いているか。近くの部屋の入居や退去の前後か |
| 手元の記録 | 申告者がつけているメモや録音があるか |
| 希望 | 名前を出さずに対応してほしいか、話し合いを望むか |
申告者には、気になった日時と内容のメモを続けてもらうよう頼みます。後で催告や解除を検討するとき、いつ何が起きたかを示す材料になります。
文書注意の文例
個別の文書注意は、相手を責める文面ではなく、事実と契約上のお願いを短く書きます。例を示します。
〇〇様 最近、夜11時以降に音楽の音が聞こえるとのご連絡がありました。賃貸借契約書第〇条では、大きな音でのテレビやステレオの使用を控えていただくことになっています。お心当たりがある場合は、夜間の音量へのご配慮をお願いします。お心当たりがない場合や、ご事情がある場合は、管理会社までご連絡ください。
「お心当たりがない場合はご連絡ください」と入れておくと、音の出どころの思い違いに早く気づけます。
全体への注意喚起の文例
音の出どころが分からない段階の注意喚起は、部屋を特定せず、時間帯と音の種類だけを書きます。掲示する場合も、全戸に配る場合も同じ文面にします。
入居者の皆様へ 最近、夜10時以降に、足音や物を落とす音が響くとのご連絡をいただいています。集合住宅では、音が思わぬ部屋まで伝わることがあります。夜間は、ドアの開け閉めや洗濯機の使用、室内での歩き方などに少しご配慮をお願いします。お気づきの点があれば、管理会社までご連絡ください。
全体への注意喚起は、音の出どころの本人が自分のことだと気づいて改める場合があるほか、ほかの入居者から「この時間にこういう音がする」という情報が集まるきっかけにもなります。
申告者への経過の連絡
申告者は、苦情を伝えた後に何が行われたかが分からないと、不満を強めがちです。対応した日と内容(全戸への注意喚起をした、個別に連絡したなど)を、相手の部屋番号や名前は伏せたうえで伝えます。改善したかどうかを一定の期間の後に聞き、続いている場合は次の段階に進むことを説明します。
いったん収まった後に再発した場合は、最初の受付からの記録に続けて書き足します。別の苦情として扱うと、注意と催告の経過がつながらなくなります。
してはいけない対応
- 申告者の名前や部屋番号を相手に伝える
- 音の出どころを確かめずに、一方を加害者として扱う
- 承諾なく室内に入る(標準契約書第16条1項。承諾なしに入れるのは火災の延焼防止など緊急の場合で、同条4項)
- 特定の部屋を名指しした掲示を共用部分に貼る
- 口頭だけで済ませ、注意した日時や内容を記録しない
入居時の予防と建物側の確認
契約のときに、禁止事項(大きな音でのテレビ・ステレオの使用、楽器の演奏)を、重要事項の説明や入居のしおりで具体的に伝えます。楽器の演奏を認める物件では、時間帯や楽器の種類を書面にしておきます。ペットの鳴き声についてはペット可賃貸の運用手順も参考にしてください。
苦情の中には、給排水管の音、換気扇やエアコンの室外機の音、建具のきしみなど、建物や設備が原因のものもあります。入居者の生活音として扱う前に、設備の不具合でないかを確かめます。
申告者が引っ越しを望む場合、借主からの解約は契約書の定めに従います。標準契約書第11条は、少なくとも30日前の申入れで解約できるとしています。騒音を理由とする解約で違約金などをどう扱うかは、オーナーと相談して決めます。
オーナーへの報告と記録の残し方
賃貸住宅管理業法20条は、賃貸住宅管理業者に、管理業務の実施状況などを定期的に委託者へ報告することを求めています。騒音の苦情は、受付日、いまどの段階か、現在の状況を一覧にして報告に入れておくと、更新や解除の判断をオーナーと話し合うときの土台になります。ウルスタくんの物件・入居者の管理に、受付と対応の経過を入居者ごとに残しておくと、担当者が替わっても経過を追えます。
記録には、申告者と相手方の双方の個人情報が含まれます。閲覧できる担当者を限り、オーナーへの報告では必要な範囲にとどめます。
このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。
よくある質問
Q1. 何回注意すれば契約を解除できますか?
回数の決まりはありません。標準契約書第10条2項の形では、相当の期間を定めた催告のあとも改善されず、契約を続けることが困難と認められることが要件です。判例は信頼関係が壊れたといえるかを見ているため、注意と催告の経過を記録し、解除の前に弁護士に相談します。
Q2. 申告者が録音を持ってきたら、どう扱いますか?
日時と内容の記録として受け取り、聞き取りシートに添えます。録音だけで音の出どころを決めず、現地での確認と合わせて判断します。録音をほかの入居者に聞かせることは避けます。
Q3. 子どもの足音の苦情はどう扱いますか?
日常の生活音として、全体への注意喚起と、相手への配慮のお願いから始めます。防音マットの使用など具体的な工夫を伝えると、相手も受け止めやすくなります。契約違反として扱うかどうかは、音の程度や時間帯の記録を見て慎重に判断します。
Q4. 当事者どうしが直接もめ始めたら?
管理会社は双方の話を別々に聞き、記録に残します。直接の話し合いを無理に設定することは避けます。身の危険を感じる場面では、警察への相談を案内します。
Q5. 分譲マンションの1室で、管理組合から苦情が来たら?
入居者は規約の使用方法に従う義務を負うため(区分所有法46条2項)、管理組合から届いた内容を入居者に伝え、改善を求めます。対応の経過は管理組合とオーナーの双方に共有します。
Q6. 楽器の演奏を認めている物件で苦情が来たら?
まず、承諾した条件(時間帯、楽器の種類、防音の工夫)を書面で確かめます。条件の範囲内の演奏なら、申告者には承諾の条件を説明し、演奏する側には配慮を重ねてお願いする形になります。条件を超えている場合は、承諾の条件に違反しているとして、個別の文書注意から進めます。条件を書面にしていないと、どちらの言い分が正しいかを判断できないため、承諾は書面で残しておきます。
出典(本文で参照している資料)
- 民法(e-Gov法令検索):594条、616条
- 建物の区分所有等に関する法律(e-Gov法令検索):6条、46条、57条、58条、60条
- 騒音規制法(e-Gov法令検索):1条、28条
- 軽犯罪法(e-Gov法令検索):1条14号
- 賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律(e-Gov法令検索):20条
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書」について/賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・家賃債務保証業者型)
- 環境省「騒音規制法の概要」
- 最高裁判所 昭和50年2月20日判決(昭和49(オ)904)
この記事は2026年10月7日時点の情報です。

