賃貸管理 読了 13分

賃貸の退去防止と長期入居2026|賃料ギャップと入れ替えコストの計算式、更新90日前からの段取り

長期入居を利益に変えるには、部屋ごとの賃料ギャップと入れ替えコストを同じ表で比べ、更新の90日前に入居者との接点を作るのが基本です。借地借家法と標準契約書の前提、仮の数字による計算式、更新前の段取りの例を示します。

馬場生悦
宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
賃貸の退去防止と長期入居2026|賃料ギャップの計算式と更新90日前の段取り
目次

長期入居を利益に変えるには、部屋ごとに「いまの賃料と募集できそうな賃料の差(賃料ギャップ)」と「入れ替えにかかる費用」を同じ表で比べ、更新の90日前には入居者との接点を作っておくことが基本です。普通借家契約は期間が満了しても自動的には終わらず(借地借家法26条)、賃料の増額は合意か32条の手続きが前提です。この記事では、法令と国交省の標準契約書で前提を確かめたうえで、仮の数字を使った計算式と、更新前の段取りの例を示します。

更新と賃料改定の法的な前提

まず、更新と賃料について、法律で決まっていることを確かめます。ここを押さえておくと、「更新のときに賃料を上げればよい」という考えが、そのままでは通らないことが分かります。

条文内容(要約)実務での意味
借地借家法26条1項期間の定めがある建物賃貸借で、期間満了の1年前から6か月前までに更新しない旨(または条件を変えなければ更新しない旨)の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で更新したものとみなす。期間の定めはないものとなる何もしなければ、同じ賃料のまま続く
借地借家法28条貸主からの更新拒絶の通知や解約の申入れには、正当の事由が必要。建物の使用を必要とする事情、従前の経過、利用状況、建物の現況、立退料などの申出を考慮する貸主の都合だけで退去してもらうことは難しい
借地借家法30条この節の規定に反する特約で借主に不利なものは無効契約書の特約で26条・28条を外すことはできない
借地借家法32条租税などの負担の増減、経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料との比較で不相当になったときは、将来に向かって増減を請求できる。一定期間増額しない特約があるときはそれに従う。協議が調わないときは、借主は裁判が確定するまで相当と認める額を払えばよく、不足があれば年1割の利息を付けて払う増額は話し合いでの合意が基本。合意できなければ時間と費用がかかる
借地借家法38条定期建物賃貸借は、書面などで契約し、更新がない旨を事前に書面で説明する。期間1年以上なら、満了の1年前から6か月前までに終了の通知が必要定期借家は、再契約の条件を話し合う形になる

国交省の「賃貸住宅標準契約書」(平成30年3月版)も、同じ考え方でできています。第2条2項は「甲及び乙は、協議の上、本契約を更新することができる」、第4条は租税負担・経済事情・近傍同種の建物の賃料と比べて不相当になった場合に「協議の上、賃料を改定することができる」としています。借主からの解約は、第11条で少なくとも30日前の申入れ、または30日分の賃料を払っての随時の解約とされています。

つまり、標準契約書に沿った契約では、入居者は30日前に申し入れれば退去でき、貸主は合意なしに賃料を上げることはできません。賃料を見直すにも、退去を防ぐにも、更新の手前で入居者と話す時間を確保することが前提になります。

退去1件の入れ替えコストを式にする

退去が出たときにオーナーが負う費用は、次の式で整理できます。

入れ替えコスト = 空室期間の賃料 + 原状回復のうち貸主負担分 + 募集費用 + 前倒しになる設備更新 + 管理会社の事務の手間

原状回復のうち貸主負担分が生じるのは、民法621条が、通常の使用で生じた損耗と経年変化を借主の原状回復義務から除いているためです。国交省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」も、通常損耗や経年変化の補修費用は賃料に含まれるという考え方を示しています。

仮の数字で計算例を示します。賃料7万円の部屋で、空室が2か月、原状回復の貸主負担分が8万円、募集費用が7万円、設備更新の前倒しはなしとすると、

7万円×2か月+8万円+7万円=29万円

となります。事務の手間を金額にしない場合でも、退去1件でこの程度の支出が生じる計算です。自社の数字に置き換えるときは、空室期間と募集費用を、物件ごとの直近の記録から入れます。

賃料ギャップと回収月数の計算式

次に、いまの入居者の賃料と、いま募集したら決まりそうな賃料との差を見ます。

賃料ギャップ率 =(想定募集賃料 − 現行賃料)÷ 現行賃料

回収月数 = 入れ替えコスト ÷(想定募集賃料 − 現行賃料)

仮の数字で計算例を示します。現行賃料6万5千円、想定募集賃料7万円なら、ギャップ率は5千円÷6万5千円で約7.7%です。上の例の入れ替えコスト29万円を月5千円の差で取り戻すには、29万円÷5千円=58か月かかります。

この例では、退去が出て高い賃料で決まっても、差額で入れ替えコストを取り戻すのに約5年かかります。その間にもう一度退去があれば、さらに先になります。ギャップが小さい部屋ほど、入居者に長く住んでもらうほうがオーナーの手取りは安定しやすいといえます。

想定募集賃料は、同じ建物や近くの似た物件の直近の募集・成約の条件など、根拠を残せる資料から決めます。根拠を書いておくと、オーナーへの説明や、32条の考え方(近傍同種の建物の賃料との比較)に沿った話し合いの材料にもなります。

一定の期間で比べる式

回収月数のほかに、同じ期間の手取りで比べる方法もあります。

住み続けた場合 = 現行賃料 × 期間の月数

入れ替えた場合 = 想定募集賃料 ×(期間の月数 − 空室の月数)−(原状回復の貸主負担分 + 募集費用)

仮の数字で計算例を示します。期間を60か月とし、上の例の数字を入れると、住み続けた場合は6万5千円×60か月=390万円、入れ替えた場合は7万円×58か月−15万円=391万円です。差は1万円で、ほぼ同じです。空室が1か月延びるだけで、入れ替えた場合のほうが少なくなります。

なお、住み続けてもらった場合でも、通常損耗の補修はいずれ退去のときに生じます。この式は費用をなくすのではなく、発生の回数と時期を比べるものとして使ってください。

部屋を3つに分ける基準の例

区分目安の例更新時の方針の例
Aギャップが小さい、または回収月数が長い据え置きで早めに合意し、設備の困りごとを聞く
Bギャップが中程度根拠を示して小幅な改定を相談する。設備の更新とあわせて提案することも考える
Cギャップが大きい在居中の大幅な改定は合意が難しいため、退去時の募集条件の見直しを中心に計画する

区分の境目の数字は、物件の地域や築年数で変わるため、各社で決めてください。大事なのは、全室に一律で増額を打診するのではなく、部屋ごとに方針を分けることです。

更新90日前からの段取り(手順の例)

90日前という時期は法律で決まったものではありません。標準契約書に沿った契約では入居者が30日前に解約を申し入れられるため、それより十分前に接点を作り、合意による更新の話し合いとオーナーの判断に時間を確保するための目安です。

時期やること
120日前ごろ更新が近い契約の一覧を出す。区分(A・B・C)、入居年数、修繕やクレームの記録を並べる
90日前部屋ごとに「据え置き」「改定の相談」「設備の確認」の方針を決め、オーナーの了承を得る
60日前入居者に更新の案内を送る。設備で困っていることがないかも聞く
30日前返事がない入居者に連絡し、住み続ける予定かを確かめる
更新後据え置き・改定・設備対応の結果を記録し、次の年の一覧に反映する

定期借家契約は別に管理します。期間1年以上の契約では、満了の1年前から6か月前までに終了の通知が必要です(借地借家法38条)。普通借家と同じ90日前の一覧に入れると、通知の期限を過ぎてしまいます。

改定を相談して合意できなかったときは、従前の条件で契約が続くのが原則です。そのうえで32条の請求をするかどうかは、時間と費用、入居者との関係を考えてオーナーが判断することになります。

入居者との接点で確かめること

  • 設備の不具合や使いにくさ(エアコン、給湯器、水回り、インターネット環境など)
  • 過去に依頼した修繕への対応が済んでいるか
  • 住み続ける予定か、住み替えを考えているか(差し支えない範囲で)

設備の更新を提案するときは、「退去後の募集でも必要になる更新か」を基準にすると、オーナーが判断しやすくなります。次の募集でも必要になる設備なら、時期を前倒しするだけなので、費用が無駄になりにくいからです。

退去の連絡を受けたときは、転居の理由を差し支えない範囲で聞き、記録を残します。理由を「防げない退去(転勤、住宅の購入など)」と「防げたかもしれない退去(設備、対応の遅れ、近隣の問題など)」に分けておくと、次の年の段取りで何を先に直すかが見えてきます。聞き取った内容は個人情報なので、利用目的の範囲で扱います。

オーナーへの説明のまとめ方

管理を受託している場合、賃貸住宅管理業法20条により、委託者には1年を超えない期間ごとに管理業務の実施状況などを報告します。報告とは別に、更新の前に次の3点をまとめて示すと、オーナーが方針を選びやすくなります。

  1. 部屋ごとの現行賃料、想定募集賃料、賃料ギャップ率と区分
  2. 退去が出た場合の入れ替えコストの試算と、回収月数
  3. 選べる方針(据え置きで長く住んでもらう、根拠を示して小幅な改定を相談する、設備を更新して物件の力を上げる)

数字は、試算であることと前提(空室期間、募集費用など)を明記して示します。結果を約束するような書き方は避けます。

当社の業務クラウド「ウルスタくん」には、更新が近い契約の一覧、入金の記録、オーナーへの送金明細(管理料・修繕費を差し引いた明細)の機能があります。更新前の一覧づくりや、オーナーへの説明資料の元になる数字の確認に使えます。

よくある質問

Q1. 更新のときに増額を打診して、断られたらどうなりますか。

合意できなければ、普通借家契約は従前と同一の条件で続くのが原則です(借地借家法26条1項)。そのうえで32条の増額請求をすることはできますが、協議が調わないあいだ借主は相当と認める額を払えばよく、最終的には調停や裁判で決まります。時間と費用がかかるため、在居中の大幅な増額を前提にした計画は立てないほうが安全です。

Q2. 賃料を上げるために、更新を拒絶して募集し直せますか。

貸主からの更新拒絶には正当の事由が必要です(借地借家法28条)。賃料を上げたいという理由だけで正当の事由が認められるのは難しいと考えられます。

Q3. 定期借家契約でも同じ考え方ですか。

定期借家は更新がなく期間満了で終わるため、再契約の条件として賃料を話し合う形になります。期間1年以上なら、満了の1年前から6か月前までに終了の通知が必要です(38条)。賃料ギャップと入れ替えコストの比較は、再契約の条件を決めるときにも使えます。

Q4. 入居者から賃料の減額を求められたら。

32条は増額だけでなく減額の請求も認めています。近傍同種の建物の賃料などと比べて不相当かどうかを確かめ、オーナーと相談して対応します。協議が調わないときは、貸主は裁判が確定するまで相当と認める額を請求でき、払いすぎがあれば年1割の利息を付けて返すことになります。

Q5. まず何から始めればよいですか。

手元の賃料の一覧に「想定募集賃料」と「根拠」の列を足し、ギャップ率を出すところからです。あわせて、直近の退去の空室期間と募集費用を拾い、入れ替えコストの式に入れてみると、どの部屋から手を付けるかが決めやすくなります。

出典(本文で参照している資料)

この記事は2026年10月7日時点の情報です。

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